消えた聖女の希望録

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「あらあらルイ! すまないねぇほったらかしにして」 「おお!? 居たのかよルイ! 相変わらずちっちぇから気付かなかったわ!」 「うるさいなぁ」  手羽先を噛みちぎっていた男達も反応を示し、ルイと呼んだ少年の元へ歩み寄る。遠慮も無しに肩を組んで話しかける様子は旧知の仲だと察せられた。体つきを『小さい』と評されたことに不満げな表情を浮かべつつ、ルイは手にしていた紙をアディーダへと差し出す。 「リドルドの森……オーク三体の討伐か。うん、アンタならちょうど良い依頼だね」 「ルイ〜、ひとりで大丈夫か? 俺らがついていってやろうか!」 「もう。そんな余裕があるならちゃんと依頼請けなよ」  呆れたようにため息をつきながら、自身の肩にのし掛かる太腕を払うルイ。続いてアディーダに睨まれた男達はそそくさとテーブルへ戻っていった。相変わらずの喧騒はそのまま。ボードの前に残されたルイとアディーダは、男達を見送った後に笑い合う。 「まったくアイツらもルイを見習って欲しいもんだ!」 「でもやる時はやる人たちでしょう?」 「その“やる時”の頻度が少なすぎるのさ」  文句を言いつつも手際良く手続きを済ませていくアディーダ。取り出した書類にサラサラと文字を書き入れ、何やら複雑な印章を慣れた手つきで押していき、一通り終わると息をついて微笑んだ。 「よし、これで完了だ! しっかりやるんだよ、ルイ」 「ありがとうアディーダさん」  請負証を受け取ったルイも微笑み返す。知らぬ者が見れば親子だと勘違いするであろう朗らかな空気。先程からカウンターの奥で酒を作り続ける寡黙な店主が、一連の流れを見てにっこりと笑う。席に戻っていた男達もそんなルイを眺めていたが、テーブルに頬杖をつきながら不意に口を開いた。 「なールイ。お前は興味無ぇの? 聖女サマの懸賞金」  突然の問いに目を丸くするルイ。革袋に請負証を入れようとしていた手を止め、男たちの方へ視線を向けた。きっと一緒に探さないかという勧誘なのだろう。どう返答してもさほど問題は無いのだろうが、ルイの答えは考えずとも決まっていた。 「うん。いないからね、聖女様なんて」 ──────  ルイがこの村に訪れたのは五年ほど前のこと。冒険者である父と母を持ち、家族三人であらゆる村を転々としながら依頼をこなすのが日常であった。平穏とは言えない暮らし。安定ともほど遠い。聞く人が聞けば『子を持ちながら定住しないなんて』と非難されるだろう。子供ながらにそれを察していたルイだったが、ただ一つ言えるのは、両親からは惜しみない愛情を注がれ、間違いなく幸せな毎日であったということ。  それが壊れたのが五年前。旅の道中、ある出来事で両親を失い、ルイ自身も瀕死の状態で辿り着いたのがここ……ウェイルアーグ村だった。まだ十にも満たない歳のルイを保護し、介抱し、救ってくれた村の人々。 「あら、ルイ! また任務?」 「うん」 「怪我しねぇで帰って来いよー」 「はーい」  そんな彼等が、道を行くルイに次々と言葉をかける。時にはからかい、時には労い。怪我はしていないか、今夜の夕食を共にしないか……と暖かい言葉を投げかける日常。ルイはこの村での全ての一瞬が好きだった。穏やかな表情を浮かべて目を瞑り、村の門を後にする。人の気配が無くなった涼やかな空気。深呼吸をし、腰の短剣を確認しながら森への道を進もうとして。 「ほう。オークの討伐依頼か。精が出るな」  背後からかけられた聞き覚えのない声に足を止めた。
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