1262人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
しばらく作業に没頭して、気がついたら十一時を過ぎていた。あまり遅くなると明日に差し支える。そろそろ帰らなければ。
春菜は、机の上に広げていたドッチファイルをばたんと閉じた。このファイルは、去年2課がやった海外キャンペーンの資料をとじたもので、何かと参考にさせてもらっている。
春菜は椅子から立ち上がり、「よーかん、よーかん 小豆のよーかん♪ 抹茶のよーかん食べたいなー♪」と頭の中で歌いながら、ファイルを手に、2課のキャビネットに向かった。
元あった所に返そうと棚を見ると、ちょうどファイル一冊分空いた場所に、ほぼ新品の軍手が置いてあった。誰かの置き忘れだろうか。春菜は、軍手を脇によけて、その場所に重たいドッチファイルを押し込んだ。
──ふう。くたびれた。
一息ついて、ふと顔を上げた。そして、そのままそこに凍りついた。見上げた先、キャビネットの一番上の段から、何か茶色いものがこっちを見下ろしていた。
例の人形だ。
心臓がものすごい勢いで鳴り始めた。春菜は、人形から身を遠ざけるようにずるずると後ずさりをし、そろそろと周囲を見回した。
──ここ、2課のキャビネットですよね? 1課じゃないですよね?
誰にともなく問いかける。オフィスに置かれているキャビネットはどれも似たような形ではあるが、さすがに間違うはずはない。昨日、この人形は確かに1課のキャビネットにあった──と思う。
そこで、ふと思い出した。そういえば、昨日も場所が変わっているような気がしたんだった。
──この人形、最初、どこにあったっけ?
考え始めたら、急にものすごく怖くなった。徐々に近づいてきている。そう思うのは、気のせいだと信じたい。
──近づいてくるのは橘室長だけで充分です、お腹いっぱいです。
フロアを見渡すと、最後の一人が片付けを始めていた。椅子から立ち上がり、ジャケットに袖を通そうとしている。春菜は、口をぱくぱくさせた。
──はわわわ、待ってください。お願い、置いて行かないで。
最初のコメントを投稿しよう!