Diary, 07_宙海の乙女と夏のおわり

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 海の異変から生まれた嵐によって運ばれてきた子ども。まるで生贄の子が嵐を呼んだかのように不安がるナルノアを見て、一匹のメネフが声を上げた。 『ホ……ホエエ、ホエエエ?』 『あの子はイルカが運び損ねた赤子が、長い迷子の末にようやく島に流れ着いた子どもだから嵐とは無関係ではないかと? ええ、もちろんあの子の出生はその通りだと女神も思っております』 『ホエ……?』  生贄の子と嵐の関係性を否定すると、ナルノアはあっさりと頷いて見せる。  何も、生贄の子が島に災いを呼ぶのではと案じているわけではないのだと否定して。 『ただ、もし、生贄の子があの嵐で傷ついた子なら……そのせいで生きることを諦めてしまっているのなら、その憂いを女神に晴らせるでしょうか』  それが女神の憂いだった。  ナルノアはゆっくりと周りのメネフたちを見回す。 『例によって女神は生贄の子の詳しい素性は知りません。それはこれからの夏で女神が自ら知らなければならないことです。そうでなければ生贄の憂いは晴らせません。けれど今回ばかりは、あの子の身に起きた出来事を知っているので、女神は自信を……』  島に流れ着いた奇跡を享受して長く生きていてくれれば……そう願っていたのに。  島の慣習がここで苦しく思う。そんなこと思う資格もないのに。 『ホエエ……』 『ホエ~……』  一匹、また一匹とメネフがナルノアの体に擦り寄る。  初めて晒される女神の弱い心をどうにか癒そうとするのだが、それは誰にも叶わない。誰もその気持ちに寄り添えない。生贄を捧げられるのは神様だけだ。  だから、女神の決心は誰にも止められない。  ナルノアは意を決して言う。 『生贄の憂いを晴らすことは、生贄を受け入れる条件と女神自身が課したこと。夏の終わりまで生贄に後悔が残るようであれば……メネフ、その時はどうか、女神の答えを許してください』 『ホエエ……ッ』 『そう不安がらなくとも大丈夫です。女神は神様です。決してこの島を、巫女や民の繁栄を絶つことはしません。これは約束します』  大丈夫だとナルノアは微笑む。  女神の微笑みは不思議と見る者の心を励ます。たとえ女神自身の心が弱っていたとしても。  ナルノアは気丈な神様なのだ。ただ間が抜けてしまうことが多いだけで。  それらは女神の侍従である精霊メネフだけが知っていること。  夏の始まりを迎える前の、人間には知られざる女神の本心と出来事だった……。
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