味覚

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*****  「おかえりなさい。あなた今日は少し遅かったわね」  「ああ…、アンジェラ。今日はちょっといろいろあってな…」  フレドリックは帰るやいなやリビングのソファに深く腰を下ろした。  「まぁ機密事項もあるからこれ以上は話せないけど」  「そうなのね。もちろん深く聞くつもりはないわ。いつものことだけど大変だったわね。はい、コーヒーでも飲んでリラックスして」  妻はそう言ってフレドリックにコーヒーを渡した。  「ねえ聞いて?これね、今日は特別なコーヒー豆を買ったのよ。あなたがいつもがんばってるから。きっとあなたの大好きなコーヒーのはずよ。奮発して最高級の豆にしたんだから。ね、飲んでみて?」  「おー、そうか。ありがとう。でもアンジェラ、知ってるかい?僕が大好きなのはだけだってこと」  「あらイヤだ。私ってコーヒーと天秤にかけられる程度の女ってこと?なーんて、冗談よ。ありがとう。うれしいわ。まぁでもいいから、とにかく早く飲んでみて?」  フレドリックは匂いを嗅ぎ、ゆっくり口にした。  「どう?」  アンジェラは喜ぶフレドリックの反応を待ち侘びていた。フレドリックは妻を見つめて少しぎこちなく笑みを浮かべた。そしてにわかに真面目な表情に戻ると、もう一度マグカップに口をつけた。  そして一言つぶやいた。  「味が…しない…」 (了)
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