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慣れない頃は肌に挿入したピンの違和感によく悩まされたが、今では痛みも痒みもなく気軽に感動を固定しまくっている。
父曰く、『コルクボード体質』と言うらしい。
「お父さんだって、昔は割と面白い形のピンをあちこちに刺していたものよ」
楽器とか食べ物とか、雑貨店に立ち寄る度にあれこれ買ってきてたわねえ。
独り言のつもりで零したらしい母の思い出の言の葉に興味がそそられる。
そうなんだ、と相槌を弾ませて遠回しに続きをねだると、母はコーヒーを一口啜ってからそうよと一言、微笑んだ。
「あんたと同じで感動屋さんでね。事ある毎にピンを刺してたから、その頃のお父さんの体、愉快なモニュメントみたいになってたわ」
「へえ……」
仕事の日以外はお洒落のシャの字もない私服姿ばかり見せていたくせに、と、そんな感想が思わず口から零れ出そうになったもののさすがに父に悪いかと思い、呑み込んだ。
「あんたが生まれてからますます刺すようになってね。そういう可愛げのあるピンを買わなくなったのは、その頃からかな」
「何で?」
「そりゃーあんた、大事な一人娘の成長が嬉しくて楽しくて仕方なかったからに決まってるじゃないの」
自分のお洒落よりあんたとの思い出を残しておく方を優先させたんだわよ。
母はちらりと空席を見やり、含み笑いと共に答えて手付かずだったケーキにフォークを入れた。
生前の父の写真が収まったフォトフレームが、母の視線の先には置いてある。
小さな球が頭に付いているだけのピンを、体のそこかしこに密集させた父がニカッと破顔している、微笑ましくもシュールな一枚だ。
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