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洒落っ気を出すつもりで準備したソーサーの上にカップを載せて、トレイを両手に席へと戻る。
母の方は既に三人分のケーキを並べ終えていて、待ち遠しそうな顔で座っていた。
「何だ、先に食べてて良かったのに」
「ケーキなんて久し振りだし、どうせならコーヒーと一緒に味わいたいじゃない?」
言いながら、母はいそいそとトレイからテーブルへ食器を移し替えていく。
「あら。あんた、それ」
椅子を引きかけたところで呼ばれて、ふと顔を上げると。
母が呆れたように笑いながら、私の顔を指差していた。
「そんなに大きいピンで留めなくたって、書斎に小さいのがいくつかあったのに」
「だってお父さんが使ってたピン、地味なやつばっかりなんだもん」
頬を膨らせる勢いでぼやきつつ、椅子にどかりと腰掛ける。
空席の前に置いたコーヒーカップに角砂糖を一つ落とした母は──そんなこと言ってられるのも今のうちよ、と訳知り顔で言ってのける。
「そのうち残しておきたいものが段々増えてきて、そんなかさばりそうなピンなんて見向きもしなくなるんだから」
「……それ、お父さんのパターン?」
「そ。お父さんのパターン」
あんた達、さすが親子だわねと言ってころころと笑われ、気恥ずかしくなった私は何も言わずにケーキを一口大に切って口の中に押し込んだ。
五感に通じる各箇所にピンを刺し込む事で、『感動した瞬間』を鮮明な色形で永久的に固定しておける──。
私のこの特異体質は、いわば父の『忘れ形見』だ。
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