こまったちゃん信長、かまってちゃん濃姫

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廊下にあぶれた女中らと家来が室内の様子を想像してあたふたとする。軍議に割って入ってきた家来はこの中から指示されてやってきたのだ。信長が進むと障子に張り付く連中は避けた。息を一つ吐いて障子を開ける。  お守役の初老の女中が鬼気迫る表情で開いた障子の方を振り返った。信長と知って直ぐに表情を戻し、平伏す。妻である濃姫が両の掌で顔を覆い泣いている。信長は一歩だけ前に出て首を傾げ「いかがした?軍議が行われているのを知らないではあるまい」と最悪の事態ではない事は一目瞭然、“では一体何だと“つっけんどんな言い方をした。濃姫の一番の理解者であるお守役の女中が、勢いよく頭を上げて開口一番「殿!!どうしてもっと優しく接してあげられぬのですか?」と怒りを露わにした。これに信長は首の位置を正し、背筋が伸びた。 「なんのことじゃ?」 「姫は、出来物が、おできができたのですよ。三日後には家臣の婚礼の式があります。殿はやれ、戦だ、政だと儀式を二の次にしますが、あれとて、政の一つ。本陣から出席する正室としてどれだけ責任があるとお考えで?戦っているのは自分ら男ばかりだと思はないでくださいませ」と制御が効かないおしゃべりな口が告げた。 姫は顔を伏せたまま、信頼する女中の着物の袖を引っ張り、首を振る。 「言いたい事はそれだけか、出来物くらい化粧で隠せばいい」 「まあ、殿は何もわかっていない。殿が出席しないから織田家の代表として出席するのですよ。女同士の戦いを知らぬのです」 女中の鬱憤は俯いて泣く濃姫より大きい。無礼を承知、命がけの減らず口は迫力がある。 さすがの信長も正室が信頼する年長女中に口撃され面を食らう。今では策がはまり連戦連勝の信長にこのように物申す度胸がある男が減った。心のどこかで心地よさがあった。 「わかったわかった。心配するな、なんとかしよう」信長の言葉に女中は我に帰ったのか再び深々と頭を下げた。 当主を欠いた軍議は中座され、酒の席に変わっていた。同盟を結ぶ大名に詫びをいれる。「ご海容ください」わざわざ足を運んでくれた者らに恥部を見せる羽目になった。武将だけの分け隔たりのない酒の席だったが、訪れてきた大名に気を払い、尾張の殿は嫁の些細な呼びつけの為に軍議を抜け出す事を口外しないと約束を取り付けた。  「あっはっはっは。大丈夫だ。こんな面白い軍議は初めてだ」と寛大に許しながらも「一戦狩りの信長も男よの」と嘲笑し、家臣らは頭を下げてただ聞くしかなかった。翌朝、帰郷する同盟の大名らに口止めの尾張名物が持たされたのは言うまでもない
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