こまったちゃん信長、かまってちゃん濃姫

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「己を弁護するわけではないが、全く気が付かなかった」夜に参謀だけの極秘軍議が行われている。 「案ずるな、あえての処置であった」家老が家臣らに非がなかった事を伝えた。家臣らは責任から逃れられ、ようやく胸を撫でおろす事ができた。信長は不機嫌そうに胡座をかいて肘に顎を乗せた体制で一言も発せず、家臣らは逆鱗に触れ稲妻が落ちると思っていた。 事の発端は、三月程前に紹介で家来となった男が敵の間者で、城の抜け道の一つを探り当て夜中に人目を盗んで測量をし、役目を終えて姿を消したのだった。城へとつながる抜け道は幾つか存在し、知られた一本は農民が兵糧を運ぶ大事な裏道である。 「あえてと申すと?」軍議に呼ばれた参謀にも伝えられていないことがある。 「うむ。殿」家老が未だに物言わない信長を促す。 「ああ、お前らはどうしたい?」信長は眼光鋭く、家臣らに聞き返すのは従うだけでなく意見を発して議論をして欲しいと常日頃思っているから。 「小作な真似をする奴らなど一気に潰すまでかと。兵数、武器、我々が圧倒しています。警戒すべきは裏道が他に知れ渡る事。その前に全滅にすれば問題ないはず」と決起盛んな若武者は言う。連戦連勝中の織田軍勢ならでは自信である。 「そうだな。今度のこと、敵は問題ではない」ありきたりな案に信長が体制を崩さないまま、つまらなそうに口だけを動かして発言した。 「では?」しばしば信長の途方も無い考えに置いていかれる家臣たちは顔を見合わせ答え合わせする。しかし、どの顔にも答は書いていなかった。 「問題はやすやすと測量をさせた守りにある。農道、すなわち農民の道。途中にある柵と貯蔵庫、織田軍の守衛の為と勝手に使用しているが、あれも農民の所有物で兵とのやり取りで不満が蓄積している。間者は夜に目を盗み測量をしたらしいが、農民が怪しまなかった。むしろ、内通したものもいるかもしれない」 「けしからん、その農民をひっ捕らえましょう」性格の悪さが顔に出ている家臣が額面通りの発言。 「馬鹿者、殿のお考えがわからぬか」家老が一蹴。そろそろ信長の思考回路にも慣れて欲しい。 「まあいい。城を間近に暮らし、織田軍に忠義を尽くすはずの農民らの心が離れている。連戦連勝で浮かれているが、兵ばかりに恩賞を与え、戦の最中にも命を削って飯の世話をしてやっていると自負する農民が勝利の恩恵に対して不満を抱いている。我らが戦うのは勝手、彼らは儂らの勝利は嬉しいが、そもそも戦自体が億劫なのだ」 「殿、解せませぬ。ならば、恩賞を与えてやれば済むこと。今度の間者と何の関係が?」 「まあな、起こった事は取り返せない。ただでくれてやるのは芸がない。この機会、利用してやろうじゃないか。裏道なんぞ、後に時間をかけて知られぬように変化をあたえればよい。農民の不満を知ったからと言って、恩賞を与えるようじゃ農民はつけあがる。ならば、一戦交えようでは無いか」 「一戦?農民と?」 戦に出れば役に立つ武将も、軍議の時点では落第点がつけられる。 信長から事前に考えを聞いていた老害家老がしびれを切らす。自分は忠誠を尽くしたおかげで、信長と同じ考えを持っていたとばかりに主張する。しかし、単に先に聞かされていただけであって、家老も信長に案を聞かされた時にそっくり同じやり取りをやっていた。もちろん、その事は威信維持の為に言わないし、信長も阿呆を相手にする面倒に飽き飽きなので放っておく。 「うほん、違う。実はこちらも相応の情報を得ている。二日後の夜、敵は夜襲を仕掛けて来る。真意は解らずじまいだが、早速、裏道からどれくらい責められるか試したいのかもしれない。なんともお粗末で幼稚な考えか」ご満悦な家老はどうだと家臣らに自慢気な顔を披露する。 「まあな、利用しない事はない。農民らに戦の緊迫感と達成感を味合わす。無論、我が軍が完全な後ろ盾をしてやる。軍は農民との信頼関係あってこそ。緩んだ手綱を締め直す好機に転じさせる」 信長は、測量段階ならば攻め入るのは難しだろうから、農民と信長軍の結束が固いことを証明する好機ととらえ、緩んだ手綱を締め直せる。そのためには農民自ら地理の利を生かし戦い、裏には必ず信長軍に守られていることをわからせる。大群で押し寄せるのではなく、農民に混じって相手を追い返す。そしてさりげなく、信長自身が混じっている事を農民に解らせる事で、確固たる信頼関係が再構築される。危険が伴う作戦、家臣らは素直には受け入れず、無駄に軍議が長引く。  小生意気に感じる農民の為に兵力を動かすことに賛成できない反対派が駄々を踏んでいる時だった。参謀だけの会議の場に若い家来が騒々しく登場し、信長を呼んだ。極秘軍議、特に話題の発端が間者なだけに神経過敏になっており、無礼な家来を方々から罵倒した。しかし、廊下で頭を下げたままの家来も引き下がらず「殿、殿」と言うばかりで信長や家臣らが要件を問いただしても一向に言おうとせず「内密」の要件に参謀らには二重間者が頭を過ぎる。再び顔を見合わせ敵探しが始まり、右手が剣へと伸びる。自分のせいで過剰に緊迫させたと思った家来は、申し訳なさそうに「奥方様が」という単語を絞り出した。参謀らはそろって力が抜け、威張った肩がずり落ちる。逆に信長一人の頭に血が上り「馬鹿者、この時を何だと心得ているのだ」同盟を結ぶ大名らにも足を運んでもらっている手前、威信に関わる。されど、家来は「殿、一刻も早く」と鬼気迫る訴えに「まさかっ」と胡座の体制から一気に直立し、一目散に部屋を出て行った。参謀の誰しもが不幸を想像し、慰めの言葉を用意した。
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