ピュアラブ

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 定時を過ぎばらばらと退社する社員が出始めた夕方、私は息抜きに休憩スペースにやって来た。自動販売機三台にカフェテーブルが二つ、窓際にはカウンター席もある場所だ。十五時の休憩時間は女子社員で賑わっているが、残業時間に当たる今はAチームの山崎さんと遠野さんしか居なかった。五年前に完全禁煙が実施され、タバコを吸う人が居ない所為もあるだろう。  私は二人にお疲れ様ですと声を掛け、紙コップ自販機の前で小銭を取り出した。 (今日は良い天気だったのね)  事務所内では下りっぱなしのブラインドがこのスペースでは半分くらい上げられていて、その隙間から西日が煌々と差し込んでいた。コーヒーの抽出を待つ間、ぼんやりとオレンジ色の窓を眺める。 (今年はどんなご褒美を買おうかしら)  もうすぐボーナスの時期だった。去年は鞄を新調したから今年は靴でも買おうか。そう、この間見かけたワンピースも悪くない。だけどそんな服を着ていく場所は無いわ。いくらご褒美とはいえタンスの肥やしになってしまうのは勿体ないし…… (やっぱり普段使い出来る靴か) 「……わさん、北川さん」  背後から声を掛けられて、物欲空間に飛ばしていた意識を引き戻した。「はい」と振り返ると犬飼くんが立っている。 「ぼーっとしてどうしたんですか? コーヒー出てますよ」  彼は自販機の取り出し口を指差して、にっこりと笑顔を作った。 「あ、ああ。そうね。お疲れ様」
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