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「お母さん……」
お湯の中で腕を動かし、母の下腹に手のひらを当てた。
ここに自分が入っていた。生まれて大切に育てられ、これからも生きていく。産んでくれた母は、もうこの世にいないけど……
「いままで……ありがとう」
傷を癒すというお湯の中で、母が佳乃の体を抱きしめた。佳乃は目を閉じ、そのぬくもりを感じ取る。
忘れないように。これからもずっと、忘れないように。
「おおい、そろそろ出よう。お父さんのぼせちゃったよ」
竹垣の向こうで声がした。佳乃と母は顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。
「ご飯にしてもらおうよ。お腹すいた」
「そうね。お母さんもお腹すいちゃった」
母が佳乃の顔を見て、いたずらっぽく微笑む。佳乃も母の前で「私も」と笑った。
これが夢でもかまわない。
たぬきに化かされていてもいい。
いま与えられた、この穏やかな時間を、大切に過ごしたい。
そうしたら明日には、前を向いて歩いていけそうな気がするから。
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