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昨晩と同じように宿泊客と会話を交わしながら朝御飯を平らげる。隣の席であの男性は相も変わらず楽しそうな態度だった。こちらに詫びる奥さんも同じである。何も変わらない。 松田の提案を受け入れ、5人は旅館を出て河原に降りていた。白いTシャツの真ん中には淡い宇宙のイラストがプリントされており、紺のロングスカートを履いた松田は嬉しそうに跳ねている。砂利を踏みしめながら河原を進んでいくと、奥に平屋が佇んでいた。 「すみません、こちらで釣りが出来ると聞いたんですが。」 開け放たれた扉から顔を覗かせる。居間のような内装の奥で男性の声がした。 「はいはい、ちょっと待ってくださいね。」 慌てた様子で初老の男性が姿を現した。グレーのつなぎにフィッシングベストを羽織り、顔に皺を蓄えている。柔らかな笑顔を浮かべて彼は言った。 「えーっと、5名様。それじゃ説明しますね。」 それから釣り具、餌などが配給され、全員は河原に出た。 川釣りは意外にも退屈せず、梵が言っていた岩魚はわんさか釣れた。あっという間に水が入ったバケツの中を岩魚が所狭しと泳いでいる。 しかしバケツよりも狭くなっていたのは5人の周囲だった。 宿泊客だけでなく地元住民が集まり、まるで祭りが行われているかのような賑わいを見せている。全員が満遍なく会話を続けて時間はあまりにも遅く過ぎていた。 「それでは、釣った魚を焼いていきますか。」 釣り具を渡してくれた男性がそう言うと、大きな歓声が上がった。ざっと30人以上はいるだろう。 七輪が河原に並び、各々がグループを作って囲んでいる。円になった5人の真ん中でパチパチと音を立てる七輪が串に刺さる岩魚が焦げていた。滑る表面が乾いていくのを見て久保田はふと呟いた。 「なんで俺らこんなに歓迎されているんだろう。」 4人の視線が一気にこちらを向く。思わず漏らした言葉をゆっくりと辿って続けた。 「いや、特に有名な観光の場所ではないじゃん。それなのにこんな大勢の人が集まるって何かちょっとおかしくない?」 ふと感じたのは居心地の悪さなのだろうか。同調するかのように堀内がふと言った。 「でも、分かるよ。旅行先ってどこか慣れない場所だよね。その土地に慣れていないからそう思うんだろうけど、でもその差異が楽しかったりするんだ。それなのにここの人たちは俺らを強引に引き摺り込もうとしている感覚がする。」 「前からここの住民だろ、お前たちは。みたいな?」 斎藤の問いかけに堀内は頷いた。岩魚から視線を剥がして周囲を見る。 大勢の住民たちが岩魚を貪っては笑い声をあげていた。何が楽しいのかは分からない。時折こっちを見ては何か言っている。 「うまいぞ、早く食べな。」 「それ焼きすぎじゃないか?」 「いやー、やっぱり楽しいな。」 妙な居心地の悪さを誰もうまく表現できず、5人は渋々岩魚を食べた。溢れんばかりの身がぷりっとしていてうまかった。
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