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「アミーシャ、でも……」
様子を伺うナナキの前に静かに右手が差し出された。冷気にさらされた手は血管が浮き出て青白くなっている。
「握手を。こういうのもなんですが、その……改めて友好の証として、どうぞここで」
再び固くなったアミーシャの表情に対し、今度はナナキが笑顔になって同じく右手を差し出す。対するときは離れた手が合わさると、なぜか周囲から自然と拍手が始まった。誰が送ったのかわからないその拍手は、吹雪にも負けない音量となりさらに伝播していく。最後には互いに顔を見合わせたチャイカとエリアーシュも、戸惑いながら手を叩いた。
「……チッ……」
「うん? おいおい、どこに行くんだタイゼン!?」
目の前には急に大きなガシュパルが。
「この場は寒い。それにこんな平和な場は俺には合わない。次の戦いまで休むんだよ」
「だからってお前、ナナキちゃんの師匠だろ?」
「何がナナキちゃんだ! それに俺は師匠と思ったことは一度もない」
「あっ──おい!」
仲良しごっこはうんざりだ。やはり、ぬるま湯。本当の戦場はこんな甘いものじゃない。もっと、苛烈で冷酷でそれでいて混沌としている。握手なんてしていたらその手が斬り落とされてしまうような。
誰も彼も視線がアミーシャとナナキに向かっているなかで一人だけ俺に目を向ける者がいた。ナナキと同じ光の魔法の使い手──生徒会長だ。
「……何か?」
声を掛けられるまで立ち止まってしまっていたことに気がつかなかった。ふと、視線を下ろせばその手は他の者と違って拍手をしてはいない。
「お前は、拍手をしないのか?」
真っ直ぐに切り揃えられた白い前髪の奥から氷のように冷たい眼が見返す。
「……アミーシャ・ジブールがあの魔法を選んだ時点でナナキ・レッシュベルが勝つことは予想していた」
少し高いが落ち着いた声色は、まるで恐れを抱いていない。
「それに、ここは一応訓練場だ。何が起きるかわかったもんじゃない」
背は低い。ナナキよりも少し高いといった程度。それなのに纏う迫力は、ガシュパルのそれ以上だった。まあ、あいつの場合は性格が優しすぎるというのもあるが。
「お前……名はなんと言った?」
「……ゼドニーチェク……クサヴェル・ゼドニーチェクだが」
「覚えておく。……お前、ナナキの戦い方をどう見る?」
ゼドニーチェクはちらりと横目でナナキの方を見ると、シルバーブルーの目を瞑った。
「センスはある。爆発力も。短期間であそこまで立ち回れるのは努力もあるが才能だ。だが……」
「だが?」
「……だが、彼女はまだ本当の戦いを知らない」
ゼドニーチェクのその言葉を聞いて、思わず口の端が上がった。
「上級生とはいえ、お前も学生の身分には変わらない。それなのに本当の戦いを知っている……と?」
「ああ。僕は、残念ながら……そういう意味では一般的な学生とは違う」
雪を乗せた強い風に吹かれて白い髪が踊る。
「それでは、ナナキとの戦いを楽しみにしている」
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