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洸也と香織は、満天の星空を見上げていた。
裏返したU字溝を椅子代わりにして、二人ぽつんと肩を寄せている。
背にしているのは夜闇の中に建つアパート。陽光の下で見れば苔むした廃屋だとすぐにわかるが、片田舎で街灯もないこの場では判別がつかない。
二人の瞳に映るのは、止めどなく夜空を奔る流星群。
「星降る夜。キザったらしい言い方だよな」
日の入りから朝まで一晩降り続ける星。手の届かない夜空で起こる前代未聞の出来事に、誰が言い始めたのかそんな呼び方が定着していた。
「キザでいいんだよ」
香織が星空から視線を外さずに言う。
「どんな名前で呼んでも、起こることは一緒だから。それなら、気分を上げてくれる呼び方がいいなって」
呼び方一つで感じ方だって変わる、そう言って香織が笑った。
「七夕が、こんな日になるなんてね」
「こんなに星が流れてるんだ。織姫、彦星も大慌てだろうな」
「流星群と天の川じゃ距離が違うよ」
「そういう所は現実的なんだよな」
洸也が苦笑するが、香織は気にしない。
「七夕って、願いを聞くのは織姫だけど叶えるのは自分なんだって」
「へえ。漠然とお願いするってイメージだったな」
興味を引かれたように洸也が応じる。
「聞いてくれるだけっていうのが、結構好き」
「何で?」
「願いが叶うのと、願いを叶えるのは違うと思う訳ですよ」
尋ねる先、小さく香織が居ずまいを正した。
「願いを叶えるのは自分で、だから実現には願いに関わる全てに肯定される必要があると思うの。それができないなら願いは叶わない」
瞬きひとつせず、焼き付けるように香織は星空を見続ける。
「ただ願って、それが叶ってしまうなら、それは酷い話だなって。私の満足でしかないなら、その願いに巻き込まれた人はどんな思いをするんだろうね」
だから、と香織が一呼吸置く。
「私の願いは叶えて貰っちゃだめなんだ」
「何を差し置いても叶えたい願いだって、あるだろ」
「もちろん。私の願いはそうじゃないってだけ」
「……俺は、そう、そうだな。この願いを神様に叶えてもらうのは、酷く歪だ」
二人で夜空を見上げる。いくらでも願いが叶いそうな夜空を。
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