LV1 距離感を突破せよ

1/6
108人が本棚に入れています
本棚に追加
/110ページ

LV1 距離感を突破せよ

俺は今、ある大問題に直面している。 これまでに何があったかということはどうか省略させてほしい。 そんなことは特に重要ではない。 もちろん、全ての出来事には始まりがあり、過程があり、終わりがある。その一つ一つが今にして思えば特別だったんだろうということは分かっている。 だが、俺は今、それを語りたくない気分なのだ。 説明したとしても結局はありふれたつまらない話になるだろうことは目に見えている。 ごく普通の男子高校生の恋愛がいかにして始まり、どのような出来事を経て現在に至ったかという話なんて、自分以外の誰が特別に思ってくれるだろうか。 特別な出会いというなら、十年前にはもっと運命的な出会い方をしたことだってある。 その相手とは五年くらいは付き合っただろうか。 残念ながら相手は人ではない。 発売して間もなく大人気となった恐竜のレゴブロックだ。 あれはまさしく特別な出会いだった。 いつもはあまり行かないデパートでたまたまそれに目が止まったのが、クリスマスの前日だったという偶然。 両親が忙しい人達で、あの日しか家族揃っておもちゃ屋に行くことができなかったというタイミングと、父のカードのポイントが、このまま消費しなければ月末で消滅する予定だったという裏事情。 それらが重なった奇跡の瞬間、俺は両親のいない冬休みをどうやって過ごせばいいかが分かった。 思えばあの冬休みは、俺の17年間という短い人生の中で、最初で最後の幸福な冬休みだったな。 「ねえ、二宮」 俺の回想をぶった切ったのは、同級生の一ノ瀬純(いちのせじゅん)のおずおずとした声だった。 普段、この女はやかましくて仕方がないほどやかましい。 俺の隣の席で、親友の三井雫(みついしずく)としょっちゅうくだらないことを休み時間いっぱい使ってしゃべっているし、三井がいなくてもなんやかんやと俺に声をかけてきては勝手にキレるという意味不明な行動を取る。 この上なくウザい女だった「はず」なのだが、今は少し様子がおかしい。 少しというか、かなりおかしい。 顔は真っ赤だし、何を言おうか困っているように目線をキョロキョロ動かしている。指を胸の前で握りしめたり、そうかと思うとひだのついた制服のスカートの横にだらんと腕を垂らしたりと、せわしない。 彼女の吐く息は白く、沸騰したケトルから溢れる蒸気を思わせた。 寒いのだろうか。 そういえば、二日前に俺が熱を出して学校を休んだ時、一ノ瀬が家まで見舞いに来てくれたことを思い出した。 ひょっとしてその時、風邪の菌でも移してしまったのだろうか。 心当たりはあった。 思い出すと、こっちまで赤くなるような出来事が。 いや、もうそこは省略させてくれと言いたい。 誰に対してそう言いたいのかは分からないが、俺はもうあの48時間以上前の気まずい雰囲気を思い出したくないのだ。 その時の気まずさは細々とではあるが、今日に至るまで続いている。 思い出させないでくれ。忘れてくれとまでは言わないが、あの時はちょっと気が動転していたというか。 「付き合おうって、言ったよね。あれ、本気?」 ……ああ。やっぱそう来るよな。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!