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十時二十三分の電車に滑り込みで乗った時、杏奈のスマホが震えた。
“ごめん今日の杏奈の家に行くやつ、むり”
待ち受け画面に浮かんだ啓吾のメッセージを見て、杏奈はスマホを床に投げつけて粉々にしたい衝動に駆られた。
自分から結婚したいとほのめかしておきながら。式場の見学も、啓吾の姉夫婦に合わせると言っていた話も、今から杏奈の家に行くはずだった事も。全て土壇場でキャンセルだ。
久しぶりに履いたヒールの高い靴で、久しぶりに乗った電車。それだけで十分辛いのに、啓吾の無神経なメッセージのせいで、疲労感で一気に体が重みを増した。
とりあえず杏奈は母親に“行けなくなった”とメールをし、空席に腰を下ろす。すると数分もしないうちに、スマホの待受画面に“了解しました。また今度お会いできるのを楽しみにしています”と、母親のメッセージが表示された。
“どうして?”と聞かずにいてくれる母に、ありがたさと申し訳なさで涙が出てしまう。杏奈は無意識に頭を下げていた。
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