星の児

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星が降ってくる。 比喩ではなく、キラキラと輝く星が空から雨のように降ってくる。 夢のように美しい光景だが、星といっても要は石なのだから当たると痛い。 美弥子は本格的に星が降り始める前に、すべり台の下へと潜り込んだ。 ポリカーボネイト製の星除けを地面に置き、その上にブランケットを敷く。100円ショップで買った小さな折りたたみの台の上には、保温マグに砂糖をたっぷり入れた紅茶と、お気に入りのパン屋で買った分厚いフルーツサンド。 準備万端整えて本降りになるのを待つ。 10分ほどでカチカチとむき出しの土に星が当たる音が、とぎれなく聞こえだす。 星は地面に接すると、途端にまとっていた光を失う。まるで地面に光を吸い取られてしまったように。 大きめの星が不規則に跳ね返り、美弥子の足元に転がってくる。 見た目はそのへんの石ころと区別がつかないが、地面に落ちたばかりの星はまだ温かい。やけどこそしないがほとんど熱い、といっていいくらいの温度だ。温かい星に触れるたび、美弥子はいつも真冬の缶コーヒーを思い出す。 美弥子は足元の星をハンドタオルに包み、パーカーのお腹のポケットへ入れた。じんわりと温かくなるお腹にそっと手をあて、しばらく星の感触を楽しむ。 視線を戻した美弥子は、ぽっかりを空いた入口に今までなかった影をみとめて身をすくめた。はじめは野犬かなにか動物だと思ったが、すぐに小さな男の子だとわかった。 美弥子は小さなこどもと接する機会がほとんどないので、男の子の年もよくわからないが、たぶん小学校には通っていないだろう。特撮ヒーローが大きくプリントされたパジャマ姿で、同じヒーローの靴を手に持ち、足元ははだしだ。 美弥子ははじめこそぎょっとしたものの、この流星雨の中をなにも持たずに小さな子がひとりでいることに不安を覚える。 「大丈夫?ちょっとごめんね」 美弥子は携帯用LEDライトを点け、男の子を一通り見る。特に怪我をしているところはなさそうだ。 「お母さんかお父さんは近くにいる?」 美弥子の問いに男の子は首を横に振った。赤みの強い絹糸のような髪がゆれる。 「じゃあ、誰かと一緒に来たのかな?その人はいる?」 男の子は質問の意味がわからない、といった風に首をかしげる。 「うーん、おうちからひとりで来たのかな?」 男の子は質問に答えずに、美弥子をじっと見ている。かわいらしいの範疇を外れるような大きな瞳をしている。LEDの強い光のもとだと、ガラスのような作り物めいた瞳だ。美弥子は落ち着かなくなり目を逸らすと、男の子は美弥子の隣に腰を下ろした。美弥子の体が思わず固くなる。美弥子は男の子の方を見るのが恐ろしくて、小さく跳ね返る星を見続けた。 星がだんだん小止みになり、隣でふっと空気が動く気配がした。美弥子の目の端に、立ち上がっている男の子が映った。何をされるのか、と美弥子が思わず身をすくめる。途端にまばゆい光が一閃し美弥子の視界を奪う。 「オムカエ」 視界が一面真っ白になった中、今まで一言も発さなかった男の子の声を美弥子は聞いた気がした。扇風機に向かって発したような細かく震えた声だった。 美弥子の視界が回復する頃には、流星雨もやみ、男の子も消えていた。 美弥子はブランケットや折りたたみのテーブルを片付けながら、この体験は不可思議なものではなく、もっとずっと当たり前のものなのだと強く感じていた。 すべり台の下から外へ出ると、星が降りつくしたような真暗な空が広がっていた。
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