伸ばした指先に

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去年。 「誰も祝ってくれるヤツ居ないのかよ」 「誕生日はね、ここに来るって決めてるの」 「で、ここに誘うヤツ、居ないってか」 「だから、アンタを誘ったんじゃん」 少し肌寒くなってきた10月の夜。私の誕生日。 免許を取った年から毎年ここで誕生日の夜を過ごしてる。 初めて来た年は、コイツの方から誘ってくれた。 そしてその次の年からは毎年コイツとここに来てる。 幼馴染み。会うといつもこんな感じ。 車の窓を全開にしてシートを倒して、虫の声を聞きながら空を見上げる。 大きな天文台がある山。でもこの遅い時間は締まってる。 道路の端っこに車を停めて、ただ空を眺めるだけで、一年頑張れる。 田舎の工場で最低賃金でやっと生きてる。でも、生きてる。 筋肉バカのコイツは競争率の高い消防士の試験に合格して何年目だったか。 「じゃあさ、来年も誘うヤツが出来なかったら、俺と結婚でもするか?」 虫の声が止まった。 虫たちも今のコイツの言葉に耳を疑ってるように。 「うん・・・そうだね・・・手近でいいかもね・・・」 そんな答えしか出て来なかった自分が憎らしかった。 でも、でも・・・ 今年は独り。 アイツは・・・ 大雨の中、避難中の子供を助けようとして土砂に呑まれた。 そして、もう戻ってこない。 「嘘つき!」ハンドルに顔を突っ伏してそう叫んだ。 「ゴメン。約束守れなくて」隣で彼の声が聞こえた。 キラキラと光を帯びた彼のシルエットが、こっちを見てる。いつもの笑顔で。 『幸せになれよ』 そう言って、そのキラキラは窓から空に昇っていく。 行かないで・・・ 手を伸ばしたけれど、その手のひらは宙を切る。 キラキラは落ちてくるような星空と同化して、いつもの騒がしい虫の音。 『バカ!』 『あんたの分まで生きてやる!』 星空にそう叫んだ。 2020.7.23
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