一話 —勇太、美少女と対話する―

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一話 —勇太、美少女と対話する―

 ビクンッ、と僕に声をかけてきた黒髪ロングの美少女が驚きに肩を弾ませた。 「どうしたんですか、急に大きな声を出して」  冷めた目でこちらを見つめる。しかも引き気味で。  確かに大声を出して驚かせてしまったのは申し訳ないと思う。ただ一つだけ、いやまあ一つと言わず本当はたくさんあるけれどそれでも今は一言だけ言わせてほしい。  ――色々と立場逆じゃない⁉   え、だってここ僕の家だよね? これから僕が一人暮らしを満喫するための舞台でしょ?   なのになんで知らない美少女が我が物顔で入り込んでくつろいでるわけ? あまつさえ、僕の方が人の家に勝手に上がり込む変人みたいな扱われようだし。おかしいでしょ。 「すみません、部屋間違えたっぽいので失礼しますね」    僕は部屋の外に出て玄関扉に記されている部屋番号をチェックする。  万が一、大家さんが違う部屋の鍵を渡してしまった可能性を考え一度部屋を出てみて部屋番号を確認してみたが間違いない、僕の部屋である。  もう一度僕は部屋に入った。 「何がしたいんですか、あなたは。部屋を間違えたと出ていったと思えばまた入ってきて」   部屋に入るとそこには先程と同じ状態、仁王立ちをしてキッと鋭い眼光でこちらを睨む黒髪ロングの美少女がいた。 僕は深く深呼吸をして、 「聞きたいことがあるのはこっちの方なんですけど!? 第一ここ僕の部屋だよね! あなたたちはいったい何者なんですか! あ、詐欺グループですか。新手の詐欺の類なんですよね! 人の家に勝手に上がり込んで、あたかも自分たちが被害者ヅラして金を払わせる的な……って、そう考えると恐ろしいなっ⁉ え、東京こわっ! というかそれならそれで、うちはお勧めしませんよ。なにせ見ての通りうちには金目のものどころか奪うものすらありませんからね」  ――そこまでひとしきり言い終え僕ははっと気づく。いつの間にか家に上がり込み、黒髪ロングの美少女の目の前まで来ていたことに。  目と鼻の先にある彼女の顔は、恐怖と嫌厭(けんえん)が混じった感情を表情で表したかのようにひどく歪んでいた。    「あっ、すみません。つい熱が入ってしまい我を忘れてしまいました」    とっさに顔を背けて彼女から距離を置く。  しかし、黒髪ロングの美少女からは未だに不快という感情が拭い去れておらず顔は歪んだまま。それに加え僕の方から少し離れて距離を置いたというのに彼女は完全に僕を怪しい人物と認定したのだろう。必要以上に離れられてしまった。 「あのっ! 無意識のうちに接近していたみたいで、怖い思いをさせたのなら謝ります。本当にすみませんっ」  このままの流れで持ってかれるとまずい。もし本当に詐欺の類だとしたら、この状況はどう考えても僕が容疑者に思われるだろう。  考えてみろ。――部屋に三人の女と一人の男がいる。ちなみにそこはその男の部屋。女たちは恐怖に震え、自分の体を抱いている始末。そして必死に弁解する男。  いやいやいや、これは言い逃れできないぞ⁉ 第三者が現れてややこしくなる前にどうにかしないと。  そう考え、土下座もやむなしと床に立膝をついた時だった。 「あらあら、なんだかよくわからないことになってるじゃないの。も~う、しぐれちゃんなにさせようとしてるの」 「いや、わたしはただあの不審者の正体が何なのか問い詰めてただけで……」 「誰が不審者じゃい! 人様の家に勝手に上がり込んで堂々とくつろいでるあんたらの方がよっぽど不審者だわッ!」  立膝をついていた状態から勢いよく立ち上がりツッコミを入れる。   ――って、ここはツッコミを入れてる場合じゃない。こちらに背を向け寝ころんでいた金髪の美少女が初めて口を開いたぞ。  しかも、しぐれとか何とか言ってたような。話の内容から察するにそれは黒髪ロングの美少女の名前だろう。 「また大声出した。この人さっきから行動が変なの。大声張り上げたと思ったら急に落ち着いて謝ってきたり、情緒不安定というか頭狂ってるっていうか。わたしひとりじゃこの変人対処できないからハル姉さんも手伝って」  誰が頭狂ってるだ、こんにゃろ~。ちょっと、顔が整ってるからって調子に乗りやがって。くそ~、そんな呆れた顔もかわいいじゃねえか。じゃなくて、また新たな情報が入ったぞ。  しぐれだっけか。彼女が今ハル姉さんって言ってたな。どうやら二人の間に何かしらの関係があることはこれで確認できた。  ん、姉さんってもしかして姉御とかの姐さん……? 「やっぱりあんたら詐欺グループだろ! そっちの金髪の女を姐さん呼ばわりしてたし」 「ちょっと失礼じゃなぁい~、キミ。お姉さんのことを詐欺呼ばわりして~。私たちは何もしてないじゃな~い」 「いやいや、何もしてないことはないけどね。人様の家に勝手に上がり込んでる時点で。というか、いい加減あなたたちの目的を教えてもらえます?」 「う~ん、ひょっとしてもしかするとキミここの住人?」 「ええ、ひょっとしなくてもここの住人です。って、さっきからずっとそう言ってるよね?」 「それは失礼なことしちゃったわね~。ほら、なっちゃんもこっちに来なさ~い」 「はいは~い! ハル姉よんだっ?」    また新たな美少女が参加してきたぞ。この子は見た感じ一番幼いな。髪はショートヘア、瞳はパッチリと大きくその瞳の中は光が満ち満ちていた。黒髪と金髪の美少女とはまた違った系統の美しさを持つ美少女であった。 「この家この人の家なんだって~。私たち勝手に上がり込んでくつろいじゃったじゃない。だから、みんなで謝らないと」 「ええっ⁉ この家って空き家じゃなかったの!」    ショートヘア美少女はリアクション大きく驚く。  おいおい、この家を空き家だと思ってたのかよ。 「そうなのよ~。だからはい、ここは長女として私が謝ります~。ごめんなさ~い」  ぺこりと、頭を下げる。  なんだそれは。挨拶をしてるのか?  人の家に上がってくつろぎ、本当の家主を不審者扱いした挙句そんな誠意のこもってない謝罪一つで許せっていうのか。 「ちょっと待ってください。その誠意のかけらも感じられない謝罪はまあ今は置いときましょう。謝るのもそうですけど、なぜこうなったのかという経緯を教えてもらえないですかね。僕には未だに何が何だかさっぱりなんですけど」 「それもそうね~。いいわ。ええっと、まずその前に座って話さないかしら?」  そう言われて今更ながらに気づいた。僕たちは先ほどからずっと立って話していた。確かにこれでは落ち着いて話を聞くことができないな。  しかし困った。まだ家の中には荷物が何一つとしてない。  机でもあれば対面して座ればいいのだが、何も基準とするものがないとどこに座ればいいのやら。  そんなことを考えているうちに金髪の美少女はすでに床に腰を下ろしていた。  その右隣にショートヘアの子が滑り込み、左隣は黒髪ロングの子が座った。    そうすると、これは僕一人で三人の反対側に座るしかないだろう。  いや、まあ普通に考えてこうなることはわかってたけど、こんな形で座ると昨年に嫌というほど繰り返した面接を彷彿とさせ自然と背筋が伸びた。そしてなぜか正座で座ってしまう。 「それじゃあまずキミの家に勝手に上がり込むことになった理由から話そうかしら~。ということで、しぐれちゃんお願いね~」  おお、話しそうな口ぶりで丸投げするのね。てっきり流れ的にそのまま説明に入るのかと思ったよ。   「わかった。じゃあまずはわたしたちが何者なのかってところから話したほうがいいよね。詐欺師グループだと思われてる節が多々あったから。まずこっちの金髪の人がわたしたち姉妹の長女、姫乃花留。二十四歳、無職です。それで三女がわたし、時雨です。歳は十八。高校三年生。それでこっちの元気いっぱいなのが……」 「那津だよっ! 十四歳、中学二年生! ちなみにあたしは四姉妹の末っ子!」 「そう、ナツは一番下の子です。もう一人わたしの上にいるんですけど、今この場にいないし必要ないから省きます」  なるほど、みんな姉妹だったわけか。それならハル姉さんやハル姉と呼んでいるのにも納得がいく。     てっきり僕は姐さんなのかと本気で思ってしまっていたよ。    うん? てか金髪の美少女、花留さんって僕より歳二つも上じゃないか。それも無職って……うん、まあそこは触れないでおこう。きっと何かしらの理由があってのことだろうし。 「とりあえずその話を信じるとして、あなたたち姉妹はどうして僕の部屋の中にいたわけ?」 「それは話すと長くなるんですが聞きます?」 「逆に聞かない選択肢なんてある? そこが一番肝心でしょうよ、それを知らずに終われるわけないでしょ」 「はあ~、わかりました。それでは話しましょう」  時雨はめんどくさいと言わんばかりにため息をつき、そしてゆっくりと口を開いてたんたんと話しだした。    —―時雨の話をそのまま話すと本当に長くなるので、僕が代弁して簡潔に伝えるとしよう。  まずみんな家出をしてここにたどり着いたらしい。家出をした理由というのがこれまた姉妹によって事の大きさに雲泥の差があり、まず長女の花留さんは親が勝手に冷蔵庫のプリンを食べたからというとても些細なもので、三女の時雨は親と進学先について揉めたというこれに関しては納得できなくはない理由で、四女の那津はというと姉たちに便乗して面白そうだからと家出をしたそうだ。  うん、最後のは本当に謎だよね。面白そうだから家出って、そんな軽い気持ちで家出されたら親御さんはたまったもんじゃないよ。まあ、同時に三人も家出してる時点でたまったもんじゃないだろうが。  最初はみんな別々に行動していたらしい。最初にここを見つけたのが長女の花留さん。手頃な家を見つけたそうでまずお茶でも貰おうとインターホンを押したそうだ。  手頃な家ってこの家のどこら辺が手頃なのかとても気になるところではあるが、それよりも僕は花留さんの神経が気になって仕方がない。  だってそうだろう。知らない人の家に突然押しかけてお茶を頂戴しようとするその神経。しかも、彼女は僕よりも二つ年上の二十四歳ときた。天然と言えば聞こえはいいが、しかしそれとはまた違うものだと思う。    抜けているというよりかは思考が常人とはかけ離れたものというか、とにかく変わっている。  そして、数回インターホンを押しても反応がないため、ドアノブに手をかけたところ鍵がかかっておらずドアが開いたのだと。  まず、ドアノブに手をかけないでしょとか、いなかったら別の家に行くでしょと思うかもしれないが、いちいちそういったところでツッコミを入れていくと話が終わらなくなってしまうのでそういうものだと思って聞いてほしい。  玄関扉を開け中を見ると人は誰もおらず、荷物も何一つないためここを空き家だと思ったそうだ。  それで花留さんは家出している妹たちにもここを紹介し、みんなで上がり込んでいたというわけだ。  そこに僕が帰宅し、姉に呼ばれここに来たよく事情のわかっていない三女の時雨が僕を変質者だと本気で思いあのような態度をとったということらしい。  ここまでが時雨の話した内容だ。  ちなみにあまりにも話が長くて、途中正座していた足が限界だったため僕は今足を崩し胡坐(あぐら)をかいている。  そもそも最初から正座をする必要はなかったのだ。 「本当にすみませんでした。わたしはてっきり頭のいかれた変質者が入ってきたのかと思ったので」 「話を聞くに、時雨さんだっけ。君は事情を理解してなかったわけだし仕方ないよ」  時雨は説明を終えた後、先ほどの僕に対する態度について詫びた。  まあ、僕は心が狭いちっぽけな人間じゃないからちゃんと自分の行いを反省して謝りさえすれば許すけどね。  それにしても言い方きつくない? いくらなんでも頭のいかれた変質者って言いすぎでしょ。  正直、態度うんぬんよりそこまでひどい思われ方をしていた事の方がショックなんですけど。 「事情も分かったことだし今すぐに出て行けとは言わないけど、もう時間も遅いしなるべく早く帰ったほうがいいんじゃないかな。きっと親御さんも心配されてるだろうし」 「それなら心配いらないわ~。あきちゃんに迎えに来てもらうように頼んどいたから~」 「あきちゃん?」  また新たな名前が登場したぞ。  僕が首をかしげているのをみて時雨が補足をする。 「さっき説明を省いた私たち四姉妹の次女です。姫乃亜希って言います。確か今日は会社の入社式があったとか……」  ――時雨が亜希という子について説明しているときであった。  玄関扉を勢いよく開け放ち、登場したのはこれまた三人とは系統の異なる美少女。  もしかしなくてもきっと彼女が亜希という子なのだろう。なんだ、彼女たち姉妹は遺伝子レベルで人の家に勝手に上がるということに抵抗がないのだろうか。 「ちょっとあんたら、いったい何やってるの!」  肩を上下させながら、そう叫ぶ。ここまで走ってきたのだろう。ぜーはーと忙しなく短い呼吸を繰り返している。  よく疲れている状態でそこまで大きな声を出せるな。そう思うほどに大きな怒鳴り声であった。  できれば扉を開けた状態でそれほどまでに大きな声を出してほしくないのだが。時間も時間である。     引っ越し初日に問題は起こしたくないんだよ。これから始まる満喫一人暮らしライフがつつがなく送ることができなくなるではないか。  隣人さんとギクシャクした関係は嫌だからね。   「あの~、できれば家の中に入ってから言ってほしいのですが」  僕が控えめに扉を閉め家に上がるように促す。    そこでようやく僕の存在に気付いたのか、目を見開き口をパクパクとさせている。    いや、さすがに驚きすぎじゃないだろうか。いったい、この状況をどう説明して迎えに来させたのだ。 「え、ええっ。うそ、冗談でしょ……」  フルフルと唇が震え、発する言葉も震えていた。    本当に大丈夫だろうか。僕の存在を認めた瞬間からこうも様子がおかしくなったとすると、原因は僕にあるというのだろうか。    ……うん、清々しいくらいにまったく心当たりがない。 「ゆ、君。なんでいるの」              
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