Doomsday Clock is (not) reset

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Doomsday Clock is (not) reset

 一九六二年十月二七日正午ごろ。  キューバ海域に向かうフォックストロット型潜水艦に衝撃が走った。その状況に至るまでの要因は、あるいはそのあとに繰り広げられることになる光景を作り出すことになってしまった要因は様々にあった。それぞれは些細なズレ、少し気を遣えば修正できたであろうヒューマンエラーであったかもしれない。いや、そもそも人為の及ばぬ偶然の産物、その堆積によるものでしかなかったかもしれない。  しかし真実がどうであれ、それらの些少が幾重にも積み重なってもたらした結果は途方もなく大きなものだった。  敵国の爆雷を避けるためその潜水艦はより深く潜っていかなければならなかった。それ以前から本国との通信ができずにいた乗員にとって、それは同時に地上との唯一の接点であった、敵国で放送されているラジオ電波の受信が不可能となることを意味していた。それよりさらに三日前の時点で敵国はデフコンのレベルを2にまで引き上げており、両国はすでに臨戦態勢にあった。外界と遮断されたその潜水艦の乗員は、以降すべての行動を憶測と類推によってのみ決定せざるをえなかった。  直前に攻撃と思しき爆雷の投下を受け、すでに一触即発のところまできている状況に置かれたフォックストロット型潜水艦――――Bー59の艦長であったバレンティン・サビツスキーは「始まってしまった」と考えた。  バレンティンを含め『権限』を共有する乗員である副艦長ヴァシーリイ・アレクサンドロヴィッチ・アルヒーポフと政治将校イワン・マスレニコフの三人は、潜水艦という密閉空間に何日間も閉塞されていたことによるストレスは認知にバイアスをもたらし必要以上にナーバスになっていた。  通常であればを搭載した潜水艦においては、その艦長は政治将校の許可だけでよかった。しかしBー59においては、その『権限』が発動されるのは三人が全会一を見た場合に限られた。  その一人、アルヒーポフだけは承認を拒否した。辛うじて理性的な判断が働いていた。だが、彼の中には蟠りがあった。前年の夏に別の原子力潜水艦で起きた『危機』に対処しきれなかったことだ。彼でなければ被害はもっと甚大になっていたことは確実だったが、彼の指示によって人命が失われた事実や恐慌にさいなまれた記憶が彼の脳裏にいまだこびりついていた。  それが彼の決断に作用した。その決断に至らせた遠因にはサビツキーの怒号もあっただろうし、イワンの悪罵もあったことだろう。  なんにせよ、三人はスイッチに手をかけた。なぜなら、それが彼らに預けられた仕事の一つだったから。レジ打ちがかごの中の品物を会計するように、料理人がオーダーに従って材料に包丁を入れるように、彼らは職務を全うした。ただそれだけだった。  そして、時計の長針はついに真上に重なり午前零時を指し示した。
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