星の流れる夜に

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星の流れる夜に

私はずっとこの日を待っていた。 この時を待ち望んでいた。 山懐に抱かれた小高い丘の上に立ち私は視線を上に向ける。 雲一つない夜空には、腕の良い絵描きが黒いキャンパスに白い絵の具を吹き付けたような満天の星が広がっていた。 今宵、ある流れ星がこの空を掠めていく。 それは名もない星であり、天文学者は気にも留めない存在に過ぎない。 しかし私にとってはとても重要な星なのだ。 この星と(まみ)える為に私は今まで生きてきた。 そう断言しても過言ではない。 今から私はその星に願いを込める。 ある願いを叶えるべく心からの祈りを捧げるのだ。 流星への祈りには「叶えの力」がある。 それは本当の話だ。 しかし、それを知る者、あるいは信じる者は殆どいない。 かつては私もそちら側の人間だった。 しかし、どうしても叶えたい事の為に今日まで人生の殆どの時間を費やし、ようやく一つの方法にたどり着いたのだった。 やり方自体はそれほど難しくはない。 適切に時を計り、力を持つ特定の星を探り、決められた方法で、約束された言葉を用いた上で真摯に祈りを捧げれば良い。 それだけだ。 そうすれば「ある事柄にのみ」関して奇跡を起こし事が出来る。 研究を重ねた私は既に確証を得ていた。 今夜それを実行に移す。 そして、実現させるのだ。 必ず、成し遂げるのだ。 (来るぞ!) 私は設置したタブレットのカウントダウンに従い、方向と角度に注意し、この時の為に修得したおよそ人間の耳には聞こえない声音で約束の言葉を唱え始める。 これまでの血の滲むような鍛錬のお陰で私の声は辺り一面に木霊し、山肌に並び立つ木々をざわめかせ、そして私が立つこの場所、墓地全体を震わせたのだった。 「ぐはっ!」 唱え終わると同時に私の喉は完全に潰れて口から夥しい量の血反吐が流れ出した。 これは約束の言葉を発した代償であり、また唱えが星に届いた証でもあった。 私は二度と話す事が出来ない体になった。だが気にする事はない。 (今後、私が他人と話す事はないのだしな) 次に行うのは心の中で今まさに頭上を流れている星に、特定の宇宙線を放つ存在に、願いを込める事だ。 目を閉じ私は一心不乱に祈った。 私の積年の願い、それは、 (妻を蘇らせてくれ! 妻を蘇らせてくれ! 妻を蘇らせてくれ!) かつて命を失った、いや命を奪われた妻を復活させる事なのだ。 妻の亡骸の眠る墓の前で、私は事前の予定を計画通りに事を終えた。 (後は結果を待つばかりだ) すると、 ボコ! ボコ! ボコッ! 墓石の前の土が盛り上がったかと思うと、地面を割って真っ黒く変色した左腕が飛び出してきた。 その薬指には見覚えのあるエンゲージリングが鈍く輝いている。 妻は蘇った。 ただし、ゾンビとして…… 「あ、あは、あははははは……」 私の乾いた高笑いが墓地全体に響いた。
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