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長い人生の中のたった5分なんて、何も変えられないと思っていた。
5分で食べる食事なんて、慌ただしくて味わう暇もない。
たった5分の休憩なんて、お手洗い行くだけで終わってしまう。
たった5分で何ができるんだろう。
でも、君はそのたった5分を大事にする人だった。
「あと5分しかないから」
そう言って僕の前に座った君は、コーヒーを頼む暇もなく話を始めた。
「今のままじゃダメだから。分かってるよね?紅葉にはこれから先、長い人生が続くの。お父さんやお母さんだって、いつまでも元気でいてくれるわけじゃない。いつか紅葉が世話をしなきゃいけなくなる。分かってるよね?」
君はおせっかいにも僕の人生に土足で上がり込んでくる。
幼馴染という肩書がそうさせるのか。
生まれた頃から近所に住んでいた君は、よく僕の家に遊びに来た。
人形ごっこをしたり、鬼ごっこをしたり、いつも一緒にはしゃいでいた。
でも、高校生になったある日、授業中に先生たちが君を呼び出した時の事は今でもはっきり覚えている。
あの日、君の両親は交通事故で亡くなった。君は叔父さんに引き取られる予定だったが、高校卒業後に働くという条件で一人暮らしを許可された。
君は誰の世話にもならずに無事、高校を卒業し、今は大手企業の店舗社員として働いている。
「一回失敗したくらいで何よ。私なんて何回失敗したと思ってるの?5回も面接落ちて、それでも這いつくばってようやく仕事見つけたんだから。別に大企業受けなくたっていいじゃん。慌てて就職しなくたっていいじゃん。とりあえずコンビニから始めてみてもいいじゃん。
言っとくけど、コンビニのバイトって大企業の仕事より大変だからね?コーヒー飲む暇とかないし、客のクレームだって多いし、レジも品出しも発注業務も全部一人でやんなきゃいけないんだからね?紅葉が思ってるよりずっと大変なんだから」
あと5分しかないという割に、説得力のない言葉が続く。
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