プロローグ

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プロローグ

 穏やかな春の日だった。  繁華街の街路樹は青々と茂り、春の陽射しを受けて鮮やかにきらめいていた。  その下を歩く人々の顔も一様に明るく見えたのは、春の白い光のせいだったのかもしれない。  大和は右手を父親と、左手を母親とつないで歩道を歩いていた。この春に小学校三年生に進級したばかりの大和は、年の割には小柄で、猫のように大きな瞳が印象的な少年だった。  あの日、歩きながら両親となにを話していたのか。大和は覚えていない。  覚えているのはとても楽しい気持ちだった、ということだけ。新しい児童書の表紙をめくるときのような。あるいはプリンを皿へ落とすときのような。  あのころはささいなことが楽しかった。くだらないことで笑い転げた。顔を左右に上げれば両親の顔があった。  幸せだった日々はもう二度ともどってこない。
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