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 鈴は、素敵です、とほんのり滲んだ涙をぬぐった。 「それで……お兄さんと、連絡が取れたんですね」 「んや、ちょっと違う。――あっちから俺にコンタクト取ってきたんですよ」 「え……!? どうして……あ」  ハッと気づいた鈴が顔を上げると、慶は肩を竦めて「そういうこと」と顔を顰める。 「あの兄貴、マジで頭おかしいみたいなんですけど、弟のこと好きすぎるから、すーさん連れ帰られると困るんですよ。その部分で俺と利害が一致しました。だから――昨日、すーさんにあいつが接触してくる可能性が高いこと……俺、ほんとは、知ってたんです」  環を招致した兄は環より上の立場だろうし、同じ支社で働いている。日本へ発つスケジュールもすべて把握していて当然だ。 「えと、あ、もしかして出張は……」 「それは本当です。けど、昨日の昼には終わって、こっちに戻ってました。それで……すーさんの周辺、張ってたんです。なるべく環さんに会うかもしれない時間を遅らせたくて、鮫島さんたちにすーさんを引き留めてもらって……」 「それで夕飯を……」 「はい。そんで、すーさんがあいつに連れてかれんの、……見て、ました」  後悔まみれの苦悶に満ちた表情が、うつむくと前髪の下に隠れてしまう。  鈴は慶にそんな顔をさせたくなくて手を伸ばした。 「慶くん」 「すぐに乗りこんで、すーさんに触んなって奪い返したかった。けど、無暗に割って入っても、俺には切れるカードがなかったんです。あの悪事の資料……環さんがすーさんと接触してからじゃないと渡せないって、兄貴がしぶって」 「仕方ないです。僕はちゃんと見てないけど、相当まずい内容だったことはわかります」 「そうですけど、でも、気が狂うかと思った。同じくらい……俺自身には状況を好転させれるだけの力も、なんもねえんだなって自覚して、自分に腹が立って……どうしようもなくて」  慶が鈴の手を押し返す。そしてソファから床へ下り、膝をついた。 「すーさんを囮に使ったのは、俺です。――すみませんでした」 「っ……待って、頭を上げて……!」  大きな身体を丸め、床に額づく慶の肩を必死になって持ち上げる。 「そんなことしないでください! だって慶くんは、僕のためにしてくれたんでしょう? 僕が嫌いだからじゃないでしょう……!?」 「嫌いなはずないです。けど、それは言い訳になりません」 「なるよ!」  喚くような勢いで言い切ると、慶が頭を起こす。じっと見つめてくる視線は痛ましげだった。 「たとえば俺が今回の件で嫌われたって、それでよかったんです」 「慶くん……なんで、そんなこと言うんですか……?」 「あいつに縛られない自由な人生を、あなたに生きてほしかったから。俺がどう思われようと、すーさんが少し怖い思いをしたとしても……一生あいつと関わり合いにならないように、してあげたかった。……俺の身勝手なんです」 「――」  膝掛けを放り、床へ下りた鈴はしゃにむに慶を抱きしめた。文字どおり締めるように強く強くしがみつき、「やです」と繰り返す。 「すーさん……?」 「僕は、慶くんのことを好きなまま、慶くんのそばで、慶くんと一緒に幸せになりたいです。幸せが何か教えてくれるって、君が言ったんです……! 嫌われてもいいなんて言わないで、お願い……そんなの身勝手でもなんでもないって、気づいてください……っ」  それが例え優しさだとしても、手放される心許なさは目の前が真っ暗になるほど怖かった。冗談でも、そんな未来を言葉にしてほしくない。  駄々っ子みたいに嫌がる鈴の背を、やがて彼は大きな手で撫でた。 「……ん、ですね。ごめんなさい。俺が間違ってました。すーさんは俺のこと捨てないって言ってくれたもんね」 「ん、ん……!」 「ごめんね。好きだよ。すーさん大好き。……お帰り。ちゃんと守れなくて、ごめん……痛いですよね」  ちょん、と控えめな指が、ガーゼで保護された左耳の耳殻を撫でた。そこは怪我もしていないから、気遣わしげな加減はかえってくすぐったい。  悲壮感たっぷりに顔を歪める慶は、間に合わなかったことを悔いていた。 「正直、あいつを可哀相だなって思う俺がいるのも嘘じゃないんです。けど……絶対許さない。こんな嘘ですーさんを縛ることしかできないで……」 「嘘……?」  ほんの一瞬、慶がしまった、という顔をする。けれどごまかしはしなかった。彼はいつだって誠実な男だからだ。 「昨日、手当てしてるときに教えてもらって……びっくりしましたよ。小さなピアスに、盗聴器もGPSも仕込めるはずがないんです」  腹の底から、素っ頓狂な疑問符が飛び出した。 「……え?」 「どっちか片方なら仕込めても、発信し続けるためのバッテリーが積めませんから、もっても数時間で電池が切れます。……すーさんを様々な情報から遠ざけて、疎いことを利用した方便だったんでしょうね」  そんなはずはない。だって、それが本当なら――逃げ出すことを諦めていたあのころの鈴は、とんだ道化じゃないか。  いや、道化なんてものじゃない。暗愚を極めた、うつけ者だ。 「……慶くん」  片手で額と目元を覆う鈴の唇は、弱々しく笑みの形をしていた。  なんて馬鹿なのだろう。ものを知らないにもほどがある。自由になったあとも調べようともしないで、目を逸らして、言われたことを鵜呑みにして捕らわれた気でいた。  みっともなくて、恥ずかしくて、慶に呆れられてやしないかと不安になる。  だが、今の鈴が慶に伝えたいことはひとつだけだった。 「こんな、馬鹿な僕ですが……一緒に生きてください」  手を下ろす。傲慢な物言いで自分を押しつけることが、もう怖くなかった。 慶が許してくれると教えられたから。信じさせてくれるから。  彼の注いでくれる愛情に見合うくらい、鈴は堂々と彼の隣にいたい。 「はい――もちろん」  慶は目尻にしわを寄せ、大きな手で鈴と手をつないだ。体温が移ってぬるくなったシルバーリングにキスをして、自分の腕の中へ鈴をすっぽりと包みこむ。 「すーさん……鈴を、俺に全部ください」 「――はい」  どちらともなく口づけ合い、背を掻き抱いた。一分の隙間もないほどくっついていないと気がすまない凶悪な気分で、服がしわになるくらい握り、引き寄せる。  慶の薄い唇を夢中で吸っている間に、鈴はベッドに連れて行かれていた。いつ抱き上げられたのか、いつ寝室に入ったのかすら、わからない。  鈴にわかることは、今から彼に抱かれることと、それがとびきり幸せなことと――慶のことだけ考えていていいことだ。  かつてないほど心が軽い。  カーテンは閉まっているが、夕方前の健全な日差しがちらちら覗く。 だけど、気にはならなかった。 「ん、ぅう、慶く、っん」 「うん、そのまま力抜いててください。鈴のこと愛させて」 「あ、あ、は――っふぁ」  息苦しいキスに恍惚としている鈴の胸から、ぴりっとした刺激が走る。  昨日着ていたシャツは血で駄目になり、置きパジャマではさすがに病院へ行けないため、今日は慶のTシャツを借りている。大柄な彼の服は当然大きく、ベッドに下ろされただけでふわっとめくれ上がった。  カーキ色の布地がめくれたところから覗く薄ピンクの乳首を、慶の親指がくにくにと捏ねている。  鈴はそのいやらしい光景を見てしまい、ぎゅっと目を閉じた。 「前もここ、感じてくれてましたよね。今日も……舐めていい?」 「ん、……ん」  ぽしょぽしょと耳に吹きこまれる吐息の熱さですら、鈴をぞくぞくと戦慄かせる。顎先にまでじぃんと痺れるような感覚が駆け抜け、内容を吟味もせずにただうなずいていた。 「――ッア」  顔のそばから慶の気配が遠ざかった、と思ったときには、指で捏ねられていない側の乳首を口に含まれていた。  唾液をまとわせた舌につつかれると、鼻にかかった甘え声がこぼれてしまう。 「慶、く……っん、ふ、あの、僕っ……」 「んー?」 「あ、ぁ……! あ、僕も、何か……したい、です……ッん」  胸元に伏せた黒い頭を撫でる。  以前このベッドで向かい合い、互いの雄をくっつけて快感を追ったときのように、鈴も慶に触れたかった。奉仕ではなく、自らの欲望を満たすためにだ。  しかしちらりと凶悪な上目遣いで鈴を見た慶は、ちゅぽ、と乳首を開放して「やです」とささやかな願いを却下してしまう。 「な、なんで……っあ!」 「今日は、俺が、すーさんにいっぱいいろいろしたいんです。どうしてもそれが嫌なら、諦めますけど……?」 「ん、ふ……それ、ずるいと思います」 「知ってる。まあ――そろそろ余計なこと考える余裕、奪っちゃいましょうかね」 「へ? っあ……!?」  捏ねたりつまんだり引っ張ったりして乳首を弄んでいた指先が、いつの間にか鈴のベルトを外している。  ハッとするより早く下着ごとジーンズを脱がされてしまった鈴は、形を変えた自身に顔を近づける慶を見て悲鳴を上げた。 「だ、だめです……!」 「だめ?」  ぴた、と動きを止めた慶は、じいっと目で訴えかけてくる。見せつけるように、押し開かせた膝から内腿の薄い皮膚へと口づけを下がらせていき、半ばまでくると、また膝へと戻ってくる。  ちゅっと濡れたリップ音に反応して跳ねる陰茎の先に、期待を宿したぬめりがぷくりと浮かんだ。 「だって……そこは、あの」 「俺が前言ったこと……憶えてる? 鈴」 「ぁ……」  性的に触れ合った夜のことなら、忘れたくても忘れられない。あんなに優しく触れてもらえたことも、慈しんでもらえたことも、人肌を気持ちいいと思ったことも、初めてだった。  鮮明な記憶が肌の上を這う。ぞくぞくと、あの日の快楽がよみがえる。 「俺、ここをどうしたいって言ってた……?」  すりすりと、慶が腿に頬をすり寄せる。  くすぐったい感触の奥に潜むかすかな甘さに気づいた鈴は、波紋が広がるような心地よさに「あ、あ」と短く喘いだ。 「僕の……ここ、を……舐めて、いっぱい気持ちよく……させたいって、言ってくれまし、た」  そんなことはいけないと罪悪感を覚える一方、背徳に甘く身体が疼いたのだ。  淫らな妄想と反応に顔を真っ赤にした鈴をながめ、慶はうっとりと目を細くする。 「憶えてて偉いね鈴。もうひとつ、こっちはどうするかも憶えてる?」 「ぇ? あ……っそこは」  ふたつのふくらみを下ったところにある、窄まった後孔をつんとあやされる。  びくっと脚を震わせた鈴は、小さな声で答えた。 「慶くんのが挿るくらい、柔らかくする……」 「そう。じゃあ問題です。鈴が感じてくれることが嬉しくて、鈴に触るのが楽しみな俺のために、鈴は、どうしたらいいでしょう?」  期待と欲情の混じった、無邪気にも思える瞳が愛しく思えた。  鈴はふっと微笑んでいることに気づかないまま、身体の力を抜く。おずおずと両脚を自ら抱え上げると、恋人の眼下に股間を晒した。  恥ずかしいが、それよりも、愛されたい。誰にも見せない部分を見せて、愛し合って、幸せを共有するのが恋人なのだから。 「慶くん……き、気持ちよく、して……柔らかく、してくだ、さい」 「――もうほんと、どうしてやろっか。なんでそんな俺のツボ連打してくんですかね」 「あ、っ……ああ……」  顔を伏せた慶の唇が、健気に勃ち上がっていた鈴自身をぬくぬくと含んでいく。熱い粘膜にゆっくり包まれゆくと、鈴の腰は大きく震え、ため息のような嬌声を吐き出した。  自分のものの大きさなんて気にしたことはなかったが、根本まですっぽり覆われては、控えめなことを自覚するしかない。  一度触っただけだが、慶のそこは鈴がどう頑張っても根本まで口内に招き入れることができなさそうだったからだ。 「ん、……他のこと考えちゃだめですよ?」 「っ……ひ、ぅ」  ちょっと意地悪な声で言った慶が、先端を喉の辺りできゅっと締めつけた。柔らかい肉にきゅうきゅうと抱かれたまま裏筋を舌でなぞられると、カッと脳髄が焼き切れそうな快感に襲われる。 「け、慶くん、けーく、……っんン! あ、それ、それ、やぁっ」 「んや?」 「ぁうっ、溶けちゃう……っ」  鈴を含んだまま、慶が喉を震わせて笑う。  ただでさえ初めての、とんでもない愛撫に打ち震えているところに、そんな刺激はつらかった。よすぎて死んでしまいそうだ。  今にも精を吐き出してしまうんじゃないかと怖くなった鈴は、片脚を下ろし、自身の根本に指を伸ばす。  力の入らない指でそこを締めつけると、ずるりと慶が口を離した。 「鈴、これなんの指?」 「出ちゃ、う……から」 「いいのに」 「くちは、だめ、です……っ」 「ま、最初からそこまで許せっていうのも無茶ですかね……いいよ、じゃあ俺のくちん中で気持ちよく出しちゃうのは、あとでね。そんときはいっぱい飲んであげます」 「ああっ」  おそろしく軽く宣言した慶は鈴の手を退け、肉茎を手で優しく包む。  ときどき鈴口をくりくりと撫でられると先走りの露がにじみ、それも巻きこんで愛撫されると腰がゆらゆら浮いた。 「はぁっ、あ、あ、うん……っ」 「そうそう、いい感じ。イきそうになったら我慢しないで出してくださいね。じゃないと俺、鈴の気持ちいいとこがどこか、覚えらんないですから」  慶なら他の反応で十分鈴の弱いところも発見して記憶してしまいそうだが、うそぶくのを指摘しなかった。  いや、できなかった。 「ぁ、嘘っあ、待って、待って……っ!」 「――ん」  かぷ、と双嚢を含んだりキスしていたはずの慶が、きゅっと窄んだ孔を舌でなぞったからだ。いくらなんでも、そこを口で愛撫するなんていけない。  鈴はパニックになって目を瞠り、身体を起こして慶を遠ざけようとする。 「慶くんっ……!」 「んー?」  ――けれど、ちら、と視線を上げた慶の目尻にしわが寄っていて、口を噤んだ。  嬉しそうに、幸せそうに、自分を愛撫してくれているその人の気持ちを、信じると決めたのだ。 「大丈夫、俺に任して」  太腿をぐっと押さえ、慶は狭間の秘めたところへ再び舌を伸ばす。唾液をたっぷりまぶしてはキツい入口へ舌をにゅぐっと潜りこませた。  何度も繰り返しているうちに、ほころび始めた孔がひくついているのがわかる。 「ん、あ、ぁっ……ひぁ、ん」  からかうように挿っては抜け、挿っては抜け、隙間に唾液を送りこまれる。  その間も肉棒はずっと大きな手で揉まれ続けていて、快感と不快感と期待の割合が変わっていった。 「ん……ちょっと柔らかくなった。鈴、気分悪いとかないですか?」  ようやっとそこから顔を上げた慶に訊かれたときには、鈴は汗だくでぐったりしていた。  慶の匂いがする枕に寄せていた頭をのろのろと上げ、「ない……」と舌足らずに返す。 「慶くんの、舌、気持ちよくて……」 「――あんたなあ……」 「ん……?」 「や、いいです。気持ちよかったなら問題なし。もっとよくなりましょうね」 「もっと……?」  鈴の声には期待が潜んでいる。  慶はそれを敏感に察し、興奮して少し赤らんだ鈴の陰茎を根本からべろりと舐め上げた。 「アッ――」  わかりやすい愛撫で気を逸らしながら、慶は舌でしとどに濡らした後蕾へ指を一本挿し入れる。  一瞬強張った身体は、亀頭のふくらみをしゃぶられて、ほろほろ崩れていった。 「っあ、慶くん、あ、あ」  ぬく、ぬく、と指が前後して、感じるのは生理的な不快感と妙な焦りだ。  抜けていくときに、ぞっとするようなおかしな感覚があり、鈴は戸惑う。狭い入口を擦られる、むず痒い快感があるせいかもしれない。  後ろを暴かれることには慣れているはずなのに、異物が動く感覚に勝手に目尻が濡れてしまう。  そんな鈴を確認しながらも口淫で宥める慶は、だんだんと指の動きを変化させていった。  まるで、何かを探しているように腹側で円を描かれている。荒い息をついて前へ与えられる甘さに縋っていた鈴は、ふとおかしな感覚にぶち当たった。 「ゃ……っやだ!」  咄嗟に拒絶が迸る。  口を離した慶は、首を振る鈴の表情をつぶさに観察しているようだった。 「さっきのとこ?」 「え、何が……ぁ、嫌だ、やです、慶くん待って!」 「わかった、ここですね。痛い? きつい?」  慶が「ここ」と言って軽くとんとん叩いたその場所から、強すぎる刺激が脳天まで駆け抜けていく。身体は勝手にビクつくし、追い詰められるような心許なさが怖かった。 「ん、んぅっ、ぃ……痛、変だから……ッ」 「変じゃないです。あんね、ここ、前立腺。男が感じるとこですよ」 「ぁ、嘘……っだって、そこ、お尻……」 「そうです。前立腺マッサージって聞いたこと……あるわけないですよね、すいません。まあつまり、抱かれるほうも気持ちよくなれるんですよ」 「ぁ――っア! あ、あっ、あ」  前立腺だと言ったその一点を、慶の指が小刻みに叩く。  バチッと落雷に打たれたような衝撃が全身をビクつかせ、鈴はわけがわからないまま腰を浮かせた。  両手で枕を握り締め、いやいやと首を振る。  怖い。気持ちよすぎて、怖い。 「や、けぇくん、慶……っんん、あ、あ」 「ずっと知らなかったんですもんね。ここ、これからは俺がいっぱいよくしてあげます。今までつらいだけだったセックスの記憶、俺で更新さしてね」 「あ、ぅー……っや、ふぁっ……んぅっ」  またもや屹立を飲みこまれ、過ぎた快楽に苦しくて涙が滲む。  でも鈴は、全身を巡る愉悦の奔流に身を任せた。  この怖いくらいの気持ちよさを受け入れたら、慶で更新できるだなんて、素敵だと思ったのだ。 「ん、――ッ、ぁ、……出、でそ……っ!」  後ろへの愛撫で込み上げてきた劣情が、迸り方に迷って蟠っている。だが慶がじゅ、じゅ、と頭を前後させては先端に吸いついて、こちらにおいでと精を誘った。  泣きどころを同時に責められた鈴は、コップを満たした水があふれるように射精していた。我先に駆け上がっていく白濁が強く吸いだされている。腰どころか全身がガクガクと震え、声も出ない。 「――はぁッ、はぁ、ぁ、は……っ」  ようやく絶頂の波が去ると、喉を鳴らした慶がそこから口を離す。  大きな身体をのっそりと隣へ横たえ、鈴のシャツを脱がせて抱き寄せた。 「上手。いい子ですね。めちゃくちゃ可愛い」  強い快感で呆然とする鈴の汗ばんだ額に始まり、慶は唇の届く範囲のあちこちにキスをする。  精液を飲まれたことは気づいていたが、不思議と抗議の気持ちは浮かばなかった。むしろ、いいな、と羨望を抱く。鈴も慶のそこから吐き出された快楽の証を腹の中に収めてみたかった。だから文句を言う代わりに、今度はそうするつもりだ。  瞬くと涙がころりと流れて、慶のシャツに染みこむ。 「慶くん……」 「ん?」 「また、僕ばっかりですか……?」  すり、と太い首に額を寄せる。  小さく慶が息をのみ、シャツの向こう側から聞こえるはずのない鼓動音が聞こえた気がした。
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