波間に消える

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「なんだよ! もう……」 女の子は俺に近づくと、首を傾げる。 「よく見ると、あんた、雄一(ゆういち)に似てる。とうもろこしの匂いもそう。いつも雄一からしてた」 「雄一……? ああ、おじいちゃんの事?」 雄一と言われて、誰なのか考えてしまった。なんて事はない。祖父の名前だった。 「雄一は俺のおじいちゃんだよ。君、おじいちゃんを知ってるの?」 「昔からよく……ね。そっか、雄一の孫かあ……」 女の子は遠い目をするが、瞬きを繰り返すとまた滑り台に登って行った。 「よかったら一緒に遊ばない? 誰も来なくて退屈してたんだ」 「それはいいけど……。ところで、君は誰? この辺りの子?」 「私は波絵(なみえ)。昔からこの辺りに住んでるの!」 女の子、波絵は滑り台の上から、声を張り上げた。それに負けじと、滑り台に登りながら叫び返す。 「俺は日向だよ。夏休みの間だけ、おじいちゃんの家に泊まりに来ているんだ!」 それから夕方になるまで、二人は何もない公園で遊んだ。 山の形にした砂場の砂の上に木の棒を挿して、木の棒を倒さないように砂を取っていった。 バランスを取るのが難しく、力加減を間違えると、自分が砂を取った時に山を崩してしまう。 だからといって少しずつ砂を取っていくと、波絵が砂を沢山取ってしまい、自分の順番が回ってきた時には僅かな量しか残っておらず、どう砂を取っても木の棒が倒れてしまうのだった。 波絵は他の女子とは違って、虫が平気なようだった。 急にお寺近くの木に近づくと、何かを拾ってきた。 「日向、見て! セミの抜け殻!」 突き出されたセミの抜け殻から、小さな蟻の大群が出てきて、情けなくも悲鳴を上げて公園の端まで逃げてしまった。 「日向って、男の割に情けないよね」 そう言って、波絵は爆笑したが、都会育ちにはセミの抜け殻自体珍しいのに、そこから蟻の大群が出てきただけでパニックに等しい。 「そういうお前は、虫は平気なのかよ!?」 「うん。この辺りじゃ、当たり前の様に出るからね!」 よくよく考えれば、この辺りは自然が豊かな土地だった。当たり前のように、虫は出てくるのだろう。 「そういえば、この前、うちにこんな大きな黒くて大きな虫が出てさ……」 「頼むから、虫の話はもうやめて!!」 両腕を使って虫の大きさを示してくる波絵に、首を振って耳を塞いだ。 思い返せば、この年の夏が終わってから、虫が苦手になったような気がした。 波絵が関係しているかは、わからないが。
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