魂無き祈り

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 『第1589星群』…それが私達の住む生きる星達の名前だ。『星群同盟』1589番目の星の群れ、それはそのままの意味で、全長が千キロメートルを超えるものから数十メートルに収まるものまで、約百の『生きる星』の群れの背中の上に私達人類は街を建て、その周りで農地を耕し、星に付着している水を使って作物を育てる。各生きる星には一つの役割に特化しているものが多く、自治政府を持つ『主星』と呼ばれる星を中心に巨大な砲台を積んだ戦艦のような星もあれば、荘厳な教会の建つ静かな星もある。生きる星達はその形から原初の星に住む生物の名前を取り『星鯨』とも呼ばれるけれども、元となった生き物を見たことのある人は、もういない。今は星群暦4917年、私達人類が生まれた地球を脱出してもう五千年近く経っているのだから。  私達第1589星群の役目は、他の約二百の星群と同時に宇宙各座標の観測上宇宙最外縁の銀河から、さらに外側の『宇宙の果て』まで疑似光速航行で飛び続け、その存在を証明することと、その過程で周辺宙域を調査し続けること。出立した銀河の恒星の輝きが果てしなく遠くなって行く様は、分かってはいたが哀惜にも似た念が感じられるものだった。どこまで続いているのか分からぬ距離の調査の旅に出る以上、私達全員が数百、数千年に渡る旅路を覚悟していたが、その時は意外にも早く訪れた。  私達が住む宇宙に果てがあることは、ずっと前に分かっていたらしい。私が生まれる前、両親が生まれる前、きっと私達が今住んでいる生きる星が生まれるずっと前から、人類はそのことを知っていた。だが、実際に宇宙の果てに来たのは私達が人類初だろう。第1589星群は疑似光速航行を開始して中央群基準時間三年後の星群暦4920年に前進を停止。生きる星達はそれ以上の進行命令を拒んだ。私達は星群に備えられていた質量レーダーで星群前方の空間を調査し、約一光年先の空間に質量の境界があることを確認した。  その境界は前方広範囲に分布しており、その先の空間は質量が観測できず、私達はそれを宇宙の果てではないかと仮定し、全ての星群を統括する中央群へと超光速通信を飛ばした。想定と比較してあまりにも狭すぎるのではないかという疑念はあったが、銀河から遠く離れた座標での生きる星の環境は過酷さを増し、その状況で目の前の境界を越えるのはリスクが高く思えた。その旨を含めた通信内容だったが、三日後に入った中央群からの返信に私達は言葉を失った。『派遣した全ての星群から同様の報告を受けた。今回の調査は終了し帰還せよ』  私達第1589星群はその翌日、中央群の命令に従い帰還を開始した。この境界まで来るのに中央群基準時間で三年かかった。帰りも同様だろうと航行計画を立て、出立した銀河を目指して進み始めた。帰路も疑似光速航行で行い、私達の旅は往復合わせて外の人々にとって六年という、悲惨な長期間を覚悟していた私達にとって短すぎる、そして心の底で望んでいた期間で終わりを迎えようとしていた。六年だけならば、銀河に残してきた他の星群と時間的差異を感じることも無いだろう。そう思案しながら、私達は既に銀河へと帰り着いたつもりでいた。  疑似光速航行中に攻撃を仕掛けるのは不可能に近い。光に限りなく近い速さで移動しているというのに、どうやって座標を合わせる、どうやって攻撃を当てるというのか。だからこそ私達はあまりにも無警戒で無防備だった。ともかくこちらには疑似光速航行中の戦闘経験も手段も無い。星群全体の疑似光速航行を中断させ敵への反撃を開始するが、確認できた敵対勢力は数で私達を圧倒していた。私は中央群へ緊急で超光速通信を飛ばした。 『第1589星群、疑似光速飛行中に謎の勢力と交戦。援軍を求む。敵の勢力は不明だが、後方からの攻撃を受け星群は疑似光速飛行を中止。現在交戦中なれど戦況は敗色濃厚である。』  ほぼ同時刻、調査に出ていた二百余りの星群全てに同様の事態が発生していた。宇宙のほぼ全域を活動範囲とする星群同盟と敵対する勢力はゲリラのような海賊達存在せず、調査に出た星群は最低限の軍備のみを備えた小規模なものばかりで、緊急通信を受けた中央群は救援へ向かう星群を編成した。  中央群からも調査星群との通信を試みたが一つとして成功せず、救援へ向かわせる星群にさらに複数の星群を合流させて戦力の増強に努めながら、祈るように消息を絶った星群からの通信を待った。しかし通信は入らず、疑似光速航行で帰還を果たすはずの三年を待っても星群は一つも戻らなかった。  そしてそれからさらに二年が経ち、星群同盟は事態の調査を主とした援軍の出撃を命じ、既に外縁の銀河で待機していた六百を超える星群が一斉に宇宙外縁へ向けて飛び立った。歴史は変わり、宇宙の果てを見つけた星群の偉業を忘れぬ為に名付けられた『境界暦』5年のことだった。  中央群基準時間午前11時52分、第579星群は中央群からの命令に応じて疑似光速航行に入った。主星の航空基地内で五七九式空間戦航空機に搭乗済みの俺は緊張感を持って操縦腕に腕を通す。それで体を固定すると、その先端にある指感球を指で撫でる様に触って感覚を確かめる。機体の両翼に内蔵された機銃の照準を右手側の球を回して操る、左手の球を回して進行方向を変えて、両足で機体の速度を調整する…操縦者用宇宙服に身を包んだ体は緊張で強張っていた。  百キロメートル級の生きる星の表面に作られた航空基地からは疑似光速航行中の独特な星空が確認できる。光の中を通っているような、闇の中を通っているような不思議な波が絶えず流れ続ける空。  空間戦航空機の操縦方法を心の中で復唱しながら手元と足元の感覚を確かめていると、通信機から全機へ向けられた星群代表からの通信が入ってきた。 「疑似光速航行完了座標への到着まで5分を切った。疑似光速航行完了と共に戦闘に入る可能性がある為、空間戦航空機部隊は出撃の準備を終えた状態で待機!砲撃部隊は今から対空監視を怠るな!通信部隊は中央群への状況報告を行い続けろ!」  力強い声で鼓舞する目的なのだろうが、各部隊への指示から死の匂いが嗅ぎ取れるのは気のせいだろうか。思わず溜息が出て通信機の音量を下げると、再び操縦方法の確認に入る。宇宙を支配した勢力の軍隊なんて暇なものだろう、そう思って入隊した過去の自分を恨めしく思いながら、指感球をぐるぐる回して照準と翼の動きを確かめ続ける。そしてついに機体内の時計が疑似光速航行の終わりを告げた。通信機が部隊長の指示を伝える。 「疑似光速航行の終了と同時に出撃命令を出す、順次出撃し周辺の警戒に当たれ!星群同盟以外の勢力が存在した場合、即時交戦を許可する!」  不思議な光の波を描いていた空が、闇に覆い尽くされるように徐々に黒一色となった。部隊長が叫ぶ。 「全機出撃!」  その声を合図に通信機から各機からの応答の声が次々と入り、航空基地から空間戦航空機が飛び立って行く。俺も加速路まで機体を動かすとマイクに向けて叫ぶ。 「ウィル・クィントム、出撃!」  加速路の表面の空間が空気ごと加速され、それに乗るように機体を発進させる。離陸時点で大気圏内の巡航速度まで加速し、そのまま一気に上昇する。空間戦航空機は大気の壁を越えなければ、武装も機動力も無力だと言っていい。  圧倒的加速から大気圏を離脱すると周囲を確認する。先に宙に上がった他の機体が警戒しながら飛び回っている。危惧していた通常航行に戻った瞬間の戦闘は回避できたようだ。自分の機体をさらに上昇させて星群全体を見下ろした。星の表面には人が生み出した、無数の小さな光が瞬いている。 「やっぱり今回の星群は規模が違うな…」  数多の星が並び飛ぶ姿を眺め、その光景を堪能する。航空機部隊は平和なら平和で退屈で、退屈が終わる時は死ぬ時だと思っているが、それら精神面での不安を払拭するほどの価値がこの光景にはあると思っている。  特に今回の星群は俺達第579星群だけではなく、第1159星群と第2401星群も合流した混成星群だ。普段の訓練飛行ではまず見られない大群が目の前を泳いでいる様は、今まで見て来た度の景色よりも圧巻の迫力だった。そうしてゆったりと飛行していると案の定、部隊長から通信が入った。 「ウィル!これは訓練ではないのだから周囲を警戒しろ!」  部隊長の言葉に呼応するように通信が慌ただしくなるが、どれも異常無しの報告で特に目新しい情報は入ってこなかった。この反応、絶対他の連中も星群見てただろ、と心の中で呟きながら機体を軸回転させて周囲の状況を目視で確認する。宇宙外縁の銀河から外側へ向かったのだから、星群を除くと何も見えない闇だけが広がっている。その闇は全てを吸い込むかのような深さで、見ているだけで不安になって行く。通信機からの報告も一気に少なくなり、静けさが加わると操縦腕に預けた腕が重く、感覚が失われていないか確かめる様に右手の球を触って照準をいたずらに動かした。 「我々の任務は第1589星群の救出であるが、経過時間と緊急通信の内容から考えて生存者のいる可能性は極めて低い」  部隊長の言葉に、分かってはいたとはいえ何か罪悪感のようなものが心の内で蠢き出す。宇宙の果ての調査を命じた中央群の判断を責めるつもりは無いが、二百の星群が失われたというのはあまりにも衝撃的だった。 「よって第二の目的として我々で第1589星群の残骸を発見・回収し、敵対勢力の正体を暴くことが、死した同胞達の無念を晴らす唯一の手段と心得よ」 「…ウィル、了解」  俺の返信を皮切りに通信機から各隊員の声が続く。俺は視認できる範囲を機体の簡易質量レーダーで分析してみたが、俺達の星群以外に物体は確認できなかった。部隊長から再度通信が入る。 「通信部隊が質量レーダーを展開し、前方約1光年先に無数の質量体を確認した…これより第579航空機部隊及び第1159航空機部隊は、主星が展開する疑似光速通路を通りその質量体が確認された座標付近へ向かう!三つの星群と第2401航空機部隊は、予備戦力としてこの座標に残る」  俺も他の部隊員達もその言葉に静かに耳を傾けている。三つの星群と一つの航空機部隊が残っていれば、奇襲を受けて敗走することになったとしても、一部ぐらいは逃げ切れるだろう。  そう考えていると通信機から星群代表の言葉が流れてくる。 「栄光なる第579航空機部隊と第1159航空機部隊の諸君!これより第579星群主星が疑似光速通路を開く!その先には無念の内に散っていった第1589星群の骸が眠っていることだろう…我々は彼らの無念を晴らす為、そして銀河で待つ同胞達の未来の為に、彼らの遺品を取り戻し、未だ正体の知れぬ敵対者を倒し!贖罪させねばならないのだ!」  後半はただの気合放送だったが、内容には概ね同意する。誰かが、そしていつか死地に放り込まれるのなら、強いやつらと一緒の時がいい。  そして気合放送が終わると同時に、第579星群主星の正面に巨大な穴が開き、部隊長の声が前期の通信機から響く。 「第579航空機部隊が先行して疑似光速空間へ侵入する、出撃!」  部隊長の機体が進撃し、各機が続々とそれに続く。後方からは第1159航空機部隊が突撃してゆく。  俺も第1159航空機部隊の奴らに後れを取らないように足を思い切り踏み込むと巨大な疑似光速空間へと突撃した。  疑似光速空間は事前に始点と終点の穴を開き、その間のみを疑似光速の速さで通り抜けることが出来る仕組みになっている…らしい。一介の怠け者兵士にそれ以上のことは分からないが、第1589星群がこの空間内で襲われたことを考えると、この間も油断出来ない。不思議な光の波が周囲を彩り、美しくさえ見える光景を睨みながら警戒する。  しかし1光年の距離は思っていたより短かった。誰かと通信を行う間も無く終点の穴が見え始めて、一瞬でその大穴を越えた。  視界が再び暗闇で覆われる。前方には部隊長を先頭に、第579航空機部隊の機影が見える。即座に簡易質量レーダーを展開し、少し離れた暗闇の中に機体以外の複数の質量体を確認する。 「後続も全機到着した…警戒しながら前進を続けろ」  通信機から静かに部隊長の言葉が響く。俺は一応報告を行う。 「簡易質量レーダーに反応有り…形状も質量もバラバラで統一感が無い…残骸だろうな」  レーダーの分析結果を全機へ向けて送る。そして部隊全機で疑似光速空間の終点からさほど離れていないその座標へ向けて進んで行く。後方からは第1159航空機部隊が固まって進軍してくる。未知なる敵の恐怖が部隊員から喋る余裕を奪う。  しかし俺達は何と遭遇することも無く質量体の元へ辿り着いた。 「全機、質量感知フィルターを展開せよ、我々は残骸の調査を開始する…周辺の警戒は第1159航空機部隊の仕事だ」  了解、と短く答えると指感球から右手を離し、その下面に触れる。操縦席を覆う透明な防護壁が赤く染まり、暗闇の中の残骸と他の機体がその形がはっきりと見て取れるほどに表現された。簡易質量レーダーの範囲内しか確認できないが、その範囲内にもかなりの数の質量体があることが見て取れた。  俺は足を踏み込み他の機体を先導するように質量体へと接近した。最初に見つけたのは航空機の機体と同じほどの大きさがある、生きる星の表皮だった。近付いて見れば、水が付着している箇所の表皮であることが解る。微かにこびりついているのは氷だ。星が死に、体温が失われれば絶対零度の宇宙空間にさらされるのだから、当然のものだ。 「星の表皮だ、間違いなくここで星が殺された」  俺は通信で他の部隊員へと伝える。そして次から次へと近場の残骸を確認した。殆どが星の体の一部か建造物の欠片だった。ここでデカい星が粉々になるまで攻撃を受けた…恐ろしい光景が頭に浮かぶ。その間に他の部隊員達も次々と発見したモノの報告を続ける。突然叫んだかと思うと、人の死体を見つけた報告をする者もいた。  その時、簡易質量メーターの範囲に一際大きな、そして建造物の形をした質量体が入って来た。左手で球を回して向きを変え、同時に足を深く踏み込む。機体が速度を上げ、その建造物へと直行する。 「ウィル!どうした?」 「形が残っている建造物を発見、調査してきます」  いつの間にやら最前線にいた俺を部隊長が心配するが、間髪入れずに答える。もしも第1589星群が襲撃を受けてから全滅するまでに、一部の住民だけでも冬眠カプセルに避難させることが出来ていたとすれば、中央群基準時間で7年経った今でも生存者がいる可能性は否定出来なかった。俺は祈るような気持ちで建造物へと近付いた。 「これは…教会か?」  その建造物はおそらく教会だった。俺は敬虔な宗教の信者では無いから見た目で断言は出来ないが、白い疑似石材で造られた背の高い塔を持つ建物と、翼の生えた人が描かれたステンドグラスという特徴。第579星群で見る教会は確かこんな感じだった。その教会はほぼ完全な形で、扉が閉まった状態で宇宙の暗闇に浮かんでいた。  周辺の質量体を確認するが、これ以上に目ぼしいものは見つからない。俺は機体を教会の側面に着陸させて固定し、操縦腕から腕を引き抜くとキャノピーを開いて飛び出した。右手には照明が付いた拳銃を持ち、左手には操縦席に繋がるワイヤーを握りしめている。そして銃を構えながら教会の扉に近付く。 (鍵は…掛かって無いか…壊れたか…)  そう心で考えながら、右肩を当てて教会の扉を押し開く。右手で構えた銃の照明を使って内部を照らすと、木製の長椅子が不規則に舞い上がり、最奥に祭壇が取り付けられている。  そしてその祭壇の手前、銃の照明が身廊の上で一つの人影を照らし出した時、俺の背筋を強烈な恐怖が駆け抜けた。人影はゆっくりと立ち上がる。着ている白いワンピースと金髪の長い髪が女性であることを示していたが、とても興味を持つことは出来なかった。  俺は人影の動きを待たずにヘルメットの耳元のスイッチを左手で押し込み、部隊長へと通信を入れた。 「どうした、ウィル?」  部隊長は冷静に返してくれた。目の前で立ち上がった人影の背中を照らしながら、俺は絞り出した囁くような声で報告する。それが今の全力だった。 「部隊長…全機に対して最大限の警戒を行うように指示して下さい…」 「何があった?詳しい報告をっ………」  人影が右手を上げた瞬間、通信が切れた。俺は沈黙した内蔵スピーカーを再起動しようと左手で何度もスイッチを押し込むが、通信は回復しなかった。焦る俺の前で人影が振り返る。その瞳は驚くほど青く輝き、前髪は綺麗に切り揃えられていた。その間も俺の左手はスイッチを押し続けていた。 「AnatahaDare?」  突然内蔵スピーカーから謎の声が聞こえた。その瞬間に前に立つ女性の口が動いていたことを視認していた。俺は息を呑み込む。これは彼女の声だ。 「俺はウィル…お前は誰だ?」  恐怖に抗う為か、それとも恐怖に負けてしまったのか、俺は目の前の女性の問い掛けに答え、その名を聞き返していた。 「WatashihaDare?」  俺の声は聞こえているようだ。彼女はそう答えると笑った。その顔を見ると満面の笑顔で、状況が違えば美しく見えたのだろうと思いながら俺はさらに訊き返した。 「こんな所で何をしていたんだ?」  時間稼ぎが出来ればいい。誰かが助けに来てくれるまでか、俺が彼女を撃つ決心をするまでか。  彼女は祭壇へ振り返った。撃つとしたら今かと思った瞬間、彼女の声が聞こえた。 「ここは祈りを捧げる場所なのでしょう?死んでいった人々の事を悼み、彼らのあの世での平穏を祈っていました」 そして再び俺の方へ振り向いた。その声はより聞き取りやすく、美しくなっていた。そして彼女はさらに続ける。 「とても…長い間」  俺はその時、彼女の露出した関節部分に特徴的な線を見つけた。緊張が一気に解け始める。俺は彼女を表現する言葉を知っていた。 「お前、アンドロイドか?」  その言葉に彼女は正解というように微笑んだ。全身を支配する恐怖が安心に変わって行く。アンドロイドならどの星群にもある程度の数が存在する。てっきり彼女は幽霊か何かだと思っていた。そんな思い違いに自らの事を笑いながら彼女に話し掛ける。 「ここで何があった?敵の正体は?」  星群のアンドロイドならば協力的だろうと一瞬、油断した。だが未だにヘルメットから離していない左手を離した時、目の前の存在が通信を切断したことに気が付いた。星群のアンドロイドにそんな危険な機能は付加されていない。彼女が笑顔で滑る様に近づいて来る。  俺はその笑顔を目掛けて銃を発射した。  それから時間にして1時間程。俺はまだ教会内部にいた。左手のワイヤーは捨てて教会の扉は固く閉ざした。部隊は俺以外もう残っていない。彼女に通信を阻害されている間に皆、殺されていた。俺の機体も彼女を撃ち抜いた直後に破壊され、自力で帰還することは叶わない。死に包まれた宇宙空間で、せめて人間らしくと思って、彼女のように祭壇へ祈りを捧げていた。  宇宙服に残された空気はもう少ない。俺は残された短い時間を祈りと思考に費やしていた。何故敵はこの教会だけを壊さなかったのか。案外彼女は本当のことを言っていたのかもしれない。彼女達自身が殺した、人間に対する祈りの為に…。空間に浮かぶ彼女の姿を見上げて俺は考える。 (助けは来なくていい、だけど俺の知ったことを中央群に知らせたい…二度と同じ目に遭う人が出ないように…)  俺は敵にばれることを危惧して使わなかった、通信機のスイッチを左手で押し込んだ。そして祈るような気持ちで、残りの空気量を気にせずに叫んだ。 「誰か…誰か聞いてくれ!聞こえたのなら答えてくれ!」  寂しかった。宇宙の果てで、一人で暗闇で…祈り、叫んで気持ちを紛らわしていた。切れかかっている銃の照明のみが照らし出す空間で狂いそうだった。 「誰か…」 「…AnatahaDare?」  耳元で声が聞こえた。俺は銃を右手にゆっくりと体勢を起こす。今の俺に、出来ることは何だろうかと朧げに考える。振り向くとそこには別の、黒服のアンドロイドが扉を開け、銃を構えて立っていた。俺は黒髪の彼女に銃を向けると叫んだ。 「俺は…ウィルだ!」  二人は同時に発砲した。宇宙空間で音も無く弾は飛び交い、ウィルが体をのけぞらせて吹き飛んだ。黒髪の彼女へと飛んだ弾は着弾する直前に透明な壁に遮られ、潰れて空間を漂った。黒髪の彼女は教会の壁にぶつかり動かなくなった彼を見下ろし、黒髪の彼女は身廊を滑る様に進み、ウィルが祈りを捧げていた場所に立った。その顔は美しく表情は冷たく、ここは人の為の場所ではないと言わんばかりだった。そして空間に浮かんだ金髪の彼女の右手を掴んで引き寄せ、床に横たえらせ、その傍らに跪き祈りを捧げた。その口が動く。 「今までありがとう、叶うならあの世では心を持って生きて…」  黒髪の彼女の言葉は、ウィルのヘルメットの内蔵スピーカーだけが伝えていた。それを聞く人はおらず、教会の外には黒髪の彼女を連れて来た龍型の生きる星が静かに浮遊していた。 『第579航空機部隊、指定座標で調査活動中に未知の敵から襲撃を受ける。敵は新種の生きる星と思われる。戦力は三個星群を軽く超え、正確な把握は航空機の簡易質量レーダーの探知範囲では不可能。第579・第1159・第2401星群は直ちに銀河系へ撤退し、決戦に備えよ。我々第579航空機部隊及び第1159航空機部隊の救援は不可能であり不要である』
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