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 翌日。待ち合わせ場所に現れたのはマサ一人。 「ちょっとマサさん!道香どうしたのよ」 「休日出勤。うちとのプロジェクトチームに入ってるから忙しいんだよ」 「えー!道香だけ仕事なのぉ」  専務のクセに働けよとめぐみがマサに悪態つく。 「俺も終わったら仕事だよ。アンタ相変わらずだな」 「悪いなマサ。忙しいのに」 「イイっすよ。恭二さんの頼みを断る理由がないですから」  マサの紹介でTJ不動産の笹峰と四人で内見に向かう。  2階と6階にまだ空きがあると言う。 「6階のお部屋はお客様の個人的なご事情でのキャンセル物件なんですよ、なので入居はなさってない新古物件になります」  笹峰はそう説明してまずは2階の部屋を見せてくれた。  めぐみと恭二は、二人で家具を置いたイメージを固めて話し合う。 「では最上階、盛長様のご入居なさっている6階へご案内させていただきますね」  道香とマサの部屋の反対側の角部屋だ。  角部屋の広い玄関ポーチを抜けて部屋に入る。シューズクローゼットや手前の部屋の間取りとクローゼットを確認して、バスルームとトイレを見た後、リビングのドアが開け放たれると、めぐみは窓の外に広がるルーフバルコニー目掛けて走る。 「恭二見て!なにこの広さ、これバーベキューどころの騒ぎじゃないよ。凄くない?」  リビングから主寝室までL字型に広がるルーフバルコニーをめぐみは内見用のスリッパをパタパタ鳴らして駆け回る。 「恭二さん、よくアイツ手懐けましたね」 「手懐けるって。珍獣みたいな言い方だね」 「アイツ俺の天敵ですからね」  マサと道香のことは、先日結婚式の招待状を手配するタイミングでめぐみから色々と聞かされた。 「めぐみは素を出せる人が少ないみたいだから、お前は案外気に入られてると思うけどな」 「本当ですか?アイツ顔見たらケンカしかふっかけて来ないっすよ?」  マサが不思議そうになんで恭二さんがめぐみを選んだのかと呟いている。  噂の張本人は飽きることなくバルコニーを駆けずり回り、ようやくテンションが落ち着いたのか、満面の笑みで恭二に抱きつく。 「恭二、バスルームとかちゃんと見た?水回り大事だよ」 「楽しそうにめぐみが走ってんの見てたわ」 「走れるほど広いとかウケる」  ケラケラ笑いながら恭二の手を引くと、バスルームやトイレを改めて見て、キッチンを見て回る。  恭二と賑やかしく笑い合うめぐみを見て、笹峰がマサの肘を突く。 「彼女、道香ちゃんの親友なんだよね?」  マサに耳打ちする。 「正反対だろ?残念なことに唯一無二の大親友なんだよ」 「ふふふ。チャキチャキしてるね」  そんな会話がなされていることなど露知らず、めぐみは恭二と改めて玄関脇の部屋を見てクローゼットの中まで入念に確認する。 「こっちと向かいは子供部屋になるかなー」 「私室に使っても良いんじゃない?」 「ベッドルーム見た?あそこにクローゼットがあるとベッドどう置くんだろ」 「ねえマサ。お前んちとここって間取りは同じなの?」 「はい。写鏡みたいな感じですね。ほぼ同じですよ」 「寝室はベッドどう置いてるの?」 「ああ、それは」  恭二がマサと話し始めたので、めぐみは再びバスルームへ向かい、洗面所の収納を確認して笹峰から細かい説明を受ける。  防音や消音に関しても説明を受け、ご近所はどんな世帯なのか確認する。  ここはTJが管理している物件なので、笹峰は全世帯を把握しているようだが、顧客のプライバシーがあるので、真下と隣の世帯の概要だけを教えてくれる。 「じゃあファミリーが結構入ってらっしゃるんですかね」 「そうは感じないくらい静かにお過ごしいただけると思いますよ」  笹峰はにっこり笑って、ほかに気になることはございませんか?と案内を続けてくれる。  アイランドキッチンの説明を受けていると、恭二がめぐみの元にやってくる。 「どう?気に入ったみたいに見えるけど」 「こんな素敵な上に道香がご近所とか信じられない!」 「うちに入り浸るなよ」 「アンタこそ恭二に寄り付かないでよ」 「アンタなぁ」  マサが頭を抱えて溜め息を吐き出す。 「朗らかな奥様ですね」  笹峰はめぐみとマサのやり取りを見て、恭二にそう声を掛けて微笑んでいる。 「賑やかだから心配ですが、防音がしっかりしてると聞いて安心してます」  恭二は困ったように笑うと、一転して商売人の顔で新古の解約理由を聞き出して、それが婚約破棄だと分かると融通が利くか確認して交渉を始める。 「ちょっとマサさん。アンタ道香といつ結婚するの?」 「籍だけでも入れるかって話にもなったんだけどな。全部片付いてからでも遅くないから来年の春までにはとは思ってる」 「マサさん。道香をよろしくね。本当にお願いよ?」 「分かってるよ。アンタが道香を思ってるのと同じかそれ以上に大事に思ってるから」 「なら良いのよ。今後は直接監視も出来るしね」 「アンタが言うとシャレに聞こえないんだって。マジで」 「冗談よ。私は恭二のお守りで忙しいから」  逆だろ、恭二がめぐみのお守りだろとマサは心の中で悪態つく。 「めぐみ、ここに決めて良いんだね?」 「うん!」 「笹峰さん、じゃあよろしくお願いします」  恭二が笹峰にGOサインを出す。笹峰は笑顔のまま恭しく頭を下げる。  内見を終えた段階で、マサは仕事に向かう時間だと言うのでめぐみは道香用に持ってきていた土産を渡すと、恭二と一緒に改めてマサに礼を言って現地解散する。  笹峰の案内でTJ不動産の事務所に向かうと、恭二は現金で手付けを支払い契約書類にサインした。  笹峰に見送られてビルを後にすると、遅めの昼食をとってそのまま恭二の家まで電車で帰宅する。 「家の問題は一つクリアしたね」  あんなにはしゃいでいたのに、凄い大きな買い物だけどとめぐみにしては珍しくシビアな顔をしている。 「まだまだやることあるよー」 「恭二はこのあと何時から打ち合わせなんだっけ?」 「夕方の6時だったかな」  タブレットでスケジュールを確認する。  施工会社と2号店の内装工事の擦り合わせだ。こればかりはいくら信頼した人物でも他人に任せられない案件だ。 「じゃあ今のうちに退去の手続き片付けちゃう?」 「そうだね。引っ越し業者の見積もりと作業日どうするか、くらいかな」 「道香が家具を処分するなら、リサイクルは意外と良い値段で引き取ってもらえるって言ってた」 「じゃあその業者を確認しといてくれる?」 「分かった。あとは退去に伴う解約関連かな?ああ……役所の届け出とかもあるわ」 「なるほどね、お役所か。あっちは早めにライフラインとか開通させとく方が気楽だよね?引っ越し当日に色んな業者でゴチャゴチャ対応するのやでしょ?」 「本当にやることいっぱいあるね」 「家具も見に行かないとね。めぐみは結局有休取れそうなの?」 「異動前なら一ヶ月がっつり休めたんだけどね。先輩産休に入るから、そこ調整して式の前後で十日から二週間が限界かな」 「それだけ休めたら充分じゃない」 「まあ確かにね。恭二こそ引っ越しの余裕あるの?」 「打ち合わせさえ終われば工事に入って任せる形になるからそんなにバタバタしないよ」  元々俺はめぐみより融通が利くからねと、恭二はタブレットでスケジュールを確認している。 「じゃあとりあえず退去申請から始めようか」 「そうだね」  そのまま恭二の家で、各々退去に絡む諸々の手続きと引っ越し手配を済ませる。  仕事が終わったらしい道香からリサイクル業者を確認して、家具の処分も手配が済んだ。道香はマサから聞いたらしく、めぐみが近所に住むことで身の安全が違うと喜んでいたので、用心棒か!ツッコミのメッセージを返した。
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