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ダッシュで家に帰った。
それはそれはもう、何も考えずに一心不乱にと言う奴だ。周りからどんな目で見られようともう構ってられない。
何故なら色んな意味で俺に危機が迫っているからだっ!!
そうして取り合えずベッドに潜り込んだ俺はようやっと息が整った頃、神様の事を考えた。
あれは、そう、現実なのだと。
(えええええ…って、だったらさぁあああ…!!)
何で記憶を思い出させるかなぁ!?
百歩譲ってこのまま前世だの神様だの思い出さなかったらこの世界で、何の疑問も無くBLでも何でも不思議にも思う訳でも無く、普通に生きていけてたんだよねぇ!
男同士に何の疑問も持たずにっ
なんでっ!!!!
しかも、え、何、朝っぱらから二人の野郎に盛られて…こ、これがBLの主人公なのか…?あんなに普通に息を吸うかの様に、男との濃厚接触が行われているのか…っ!!
いい先輩だと思っていた人に…いい友人関係を築けていると思っていた奴に…っ!!!
こんなに突然なのかよっ!!
(それに、気持ち、良くなってしまった、しぃ…!!)
違う、こんな性に開放的じゃなかったはずっ
油断すると、先輩や今井の吐息や手を思い出す。
自分の身体なのに感情と一緒で訳が分からなくなりそうな、そんな感覚に俺はぐすぐすと鼻を鳴らしながら、眼を瞑った。
もしかしたら、『こっち』が夢だったりするかも、なんてクソみたいな期待を抱いて。
どこからか聞こえてくる音楽にふと目を覚ませば、それはよりクリアになり、俺の意識とは別にばっと勢いよく身体が動いた。
「…スマホだ…」
長く鳴り響くそれは着信音。
無意識下にボタンを押し耳に当てる。
「もしも…」
『要くん?』
聞こえて来た耳障りの良い声にぼーっとしていた俺の頭が急速に目覚め、はっと身体を起こし、あり得ない角度で首を曲げてベッド横にある目覚まし時計をチェック。
18:27
「…え」
『要くん?大丈夫?聞こえてる?』
―――――あああああああああああああ、なんという事でしょう。
「由鷹さんっ!!ご、ごめっ!」
『はは、もしかして寝てた?いつもなら15分前には来てる要くんが中々来ないから、もしかして事故にでもって思って30分位は電話してたんだけど』
えええええ…っ
「い、今から行っても大丈夫ですかっ?つか、行きますっ!」
『うん、大丈夫だよ。気を付けてきなよ』
床を滑りながらも、何とか鞄に鍵とスマホを詰め込み、家を出て向かうは今しがた電話で起こしてくれた由鷹さんの元。
兄貴の友達でもある由鷹さんが経営する喫茶店でバイトをさせて貰い始めてまだ一か月程度にも関わらず、こんな大失態を犯すとは…!!
え、何時からだったのか、なんて…
17時半からだよぉぉぉぉ!!!!
半泣きになりながらバスに乗り込み、またそこでもぐすぐすと鼻を啜る俺を通路を挟んだ隣に座っていた綺麗なお姉さんが『引くわー…』みたいな眼で見てたのに、大ダメージを食らうのだ。
*****
すみませんでしたっ、お詫びに額をぐりぐりと床に擦立けて掃除でも何でもするんで、本当すみませんっ!!!!
何とか辿り着いたバイト先である店先で裏口から飛び込んできた俺はジャンピングからのスライディングで床に頭を擦り付けんばかりの勢いで飛び込み、流れる様に土下座迄持ち込んだのだが、それを由鷹さんから引っ張り上げられた。
「大丈夫だよ、事故とか病気じゃなくて良かった」
にこっと微笑む由鷹さんが、鼻水やらなんやら走ってる途中に出て来たものをティッシュで拭いてくれる。
もう恥とかそんなもの今更だ。
25歳の由鷹さんから見たら俺なんてクソガキみたいなものなんだろう。
「本当すみません、すぐに準備するで…っ」
でも、お金を貰ってバイトさせて貰っている身。すぐに着替えるべく、控室に向かおうとしたのだが、それは由鷹さんにがっちりと腕を掴まれ阻止される。
「大丈夫だよ、今日はお客さん居ない、って言うか…お休みにしたんだ」
「え、お休みですか…?」
言われて店内を覗き込むと、確かにそこはがらんと誰も居らず、けれど奥のテーブルだけ何やらセッティングがされている。
「貸切、じゃないですよね…」
だって、休みにしたって言ってたよなぁ?
由鷹さんを見上げると、おいでとそこに連れて行かれた。
「え」
近づいたテーブルには大きめのケーキに、ワインとグラス。
サラダやフルーツもあり、スプーンやフォークもきちんとセットされている。
益々分からん、と首を捻れば、
「あと、これもね」
由鷹さんが運んできたのは、この店で俺が一番好きなグラタン。それが木製の木皿の上に置かれ、座って、と椅子を引かれた。
「あ、あの、由鷹さ、」
「今日は誕生日でしょ。俺こっそり準備してたんだよ」
へっ。
思わず由鷹さんとテーブルを交互に見れば、にっこりと微笑まれる。
こ、これを俺の為に準備とか、嘘マジで?
よく見たらワインも俺が飲んでみたいって言ってた、由鷹さんお気に入りのもの。
ヤバい、泣きそうだ。
家族すらメールで
≪おめでとー≫
なんて簡単なものだったのにっ
今日色々あっただけにこの心温まるハートフル展開に目頭が熱くなってくるが、折角こちらも熱々グラタン。
「あ、有難う御座いますっ、嬉しいです」
「じゃ、食べよう」
折角引いて貰った椅子に座り、目の前にあるグラタンを思いっきり頬張った。
熱いけど、それ以上に美味い。
「ワインも開けよう」
「うわ…有難う御座います…」
何から何まで。
兄貴の友達とは思えない気遣いの塊。
いつもは後ろに流してハーフアップに結んでいる髪も下ろして、どことなく幼く見えるけど、このスマートな対応は憧れる。
俺も二十歳になったんだし、こういう大人に、
「……」
トクトクと静かな店内に響く、ワイングラスに注がれる赤の液体の音。
「今日で二十歳だね、要くん」
ゆったりと昇り上がる口角から目が離せない。
咀嚼して、旨いと思っていたグラタンの味がどんどんと薄まっていく。
そう、だ、俺、主人公、だった――――。
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