祝福のマギステルスは気に入られた--01

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祝福のマギステルスは気に入られた--01

*祝福のマギステルスは横取りされたの後日談です* 「お留守番、ですか」 「なんだ、不満なのか?」  いえ、と俺は慌てて首を横に振る。  王様襲撃計画はあっさりと失敗……からの、ちゃっかりとお城で生活することになってしまった俺は、人のかたちに似た恐ろしい魔物と相対していた。魔物はラルヴァとみんなから呼ばれている。人を守る、恐ろしい魔物……でもそれって、妬みで人を攻撃しようとした俺の元ご主人と、どちらが恐ろしい存在なのかなと最近考えることがある。  ラルヴァは王様を守るのがお仕事で、王様が行くところにはどこにでもついて行くらしい。そして、王様のおうちであるこのお城も、王様がいる間は常に神経を張り巡らせている。どうやっているのかさっぱり分からないけれど、何かが侵入しようとすればすぐに分かるらしい。これでは、俺を取っ捕まえるのも簡単だったのだろうな、とアリ地獄に引きずり込まれるアリのことを思いつつ、身震いした。 「ここに来て、ラルヴァさんがお城を留守にするのは、初めてなので……」 「ああ、不安なのか」  そう言ってラルヴァがニヤリと笑んだ。初めてのまともな精気と、そして名前を与えてくれた相手に俺はとても弱い。まさか、自分を相手に――そして、迎え入れてくれる場所があるなんて、思わなかったんだ。 「そんなに心配なら、今すぐ抱いてやろうか」 「だ……っ?! そそそ、そっちの、精気の心配はしていませんよ! 俺は毎日、……その、致していただかなくても、魚の骨だけで数年は生き延びられる環境に優しい仕様なのです!」  慌てて言い募るとラルヴァが声を出して笑った。  俺は改めて学習した。ラルヴァは、意地悪なところがある。インキュバスは絶頂を迎えたら消滅するってラルヴァが言うから、俺はラルヴァと致す度にドキドキとしていたのに、お城にある本を読んで驚愕の事実を知ってしまったのだ。  結論――インキュバスの滅ぼし方なんて、見つからなかった。まあ、実体験から言うと、お腹がぺっこぺこのままだったら、いつか自然消滅したのだろうけど。それを恐る恐るラルヴァに尋ねたら、「まさか信じていたのか?」といけしゃあしゃあと返してきたのだ。俺は悲しみと抗議のつもりで家出ならぬ城出を企てたのだが、結局今に至るまで成功しなかったし、ごはんの美味しさとふかふかのベッドに、負けた。  そう、俺にも部屋があるのだ。ベッドもある。朝目が覚めると、致していない日でも何故かラルヴァまで俺のベッドにいることがあるけれど、これはお城の七不思議だと思うことにしている。   「そんなに騒がなくても、近郊の視察が終わればすぐに帰ってくる。明日の朝にでもな」 「……そうですか。俺に言われても困ると思うのですが、その……お気をつけて」  リィズ、とラルヴァにつけてもらった名前を呼ばれる。俺はいつも暗いところにばかりいたから、ひかりという意味のこの名前にはまだ慣れていなくて、少しくすぐったい。 「この、触り心地の良い黒髪に明日まで触れないのは、残念だな」 「ええと……帰ってきたら、いくらでも触れますよ?」  俺の返事に苦笑すると、その次には真面目な顔をした。 「いいか、リィズ。お前の黒髪に触れていいのは、俺だけだ。お前も一端の魔物なら、自分の身はしっかり守れよ。侵入を許さないように、守りは固めていくが」 「はい! ネズミの子一匹の侵入も、許しません!」  ピシ、と手を上げると、ラルヴァが呆れ顔をするのが分かった。    *** 「リィズ。えほんをよんでくれる?」  ユーリさんとフォルナさんの夕食を見守った後。  お付きの侍女さんたちと一緒に、ユーリさんを彼の部屋まで送る。ユーリさんは王様の孫で、行く行くは王様になる予定だ。今はまだ幼くて可愛いけれど、真面目な顔をしていると凛々しくも見えて、将来がとても楽しみだ。 「いいですよ。なんの絵本が良いでしょう」  俺はお城に来てから、ユーリさんたちのお相手ができるようにと、ラルヴァやお城に勤める面々から文字を覚えるよう勧められて、特訓を受けた。文字が読めるようになると本が読めるようになった。お城には無数の蔵書がある。俺は時間を見つけては本を読みに通っていた。  そうして、ありがたくも絵本読み聞かせ係を拝命したのだ。    俺は突然お城に転がり込んだ(正しくは襲撃に失敗した)化け物なのに、お城の人たちはとても寛容だ。今日もユーリさんのリクエストに応えて一冊本を読み終えると、寝間着に着替えたユーリさんが、絵本をぎゅっと抱きしめながら、もじもじとし始めた。侍女さんたちに気遣われるのをやんわりと断って俺に近づくと、「リィズ、ねこになってほしいの……いい?」と囁いてきた。 「なんだ、お安い御用ですよ」  俺は普段、猫の姿でうろつくことも多い。黒い猫は悪魔の化身だと指さされることもあるし、実際俺はインキュバスだしな。それでも、黒猫の姿も好きと言ってくれるユーリさんのために張り切って猫の姿になると、ぱあっとユーリさんの顔が明るくなった。  それから、ちょっとだけ一人になりたいと侍女さんたちに言うのが聞こえた。眠りにつくまで、そして眠りについた後も誰かしらはユーリさんのお部屋に控えている。そりゃ、一人になりたい時もあるよね、と椅子に座っているユーリさんの膝の上から下りようとした俺は、がっちりと小さな手によって捕獲された。 「リィズさん、ユーリ様をお願いしますね」  お……俺とユーリさんを二人きりにしちゃって、良いのでしょうか。もちろん、何がなんでも俺が守るけれども……!  ユーリさんは少しの間、猫の俺を膝に乗せたまま、今読み終えたばかりの本をゆっくりと読み直していた。俺が読むよりもすらすらと読めている。   「……リィズ。おじいさまたち、きっとかえってくるよね」  にゃ? と俺は顔を上げた。小さなユーリさんの膝はぽかぽかしているし、絵本を読む優しい声にうっかり寝落ちかけていたのだ。俺が顔を覗き込むと、ユーリさんは小さく笑い返した。 「あのね、おじいさまたちがおでかけのときは、ぼくとフォルナはかならずおるすばんしなきゃいけないんだ。……おとうさまと、おかあさまのときもそうだった」  ユーリさんのご両親は、不慮の事故で亡くなったと聞いている。ユーリさんの顔は笑っていたはずなのに、今にも泣き出しそうにも見えた。 「おかあさまたちといっしょにいたかったなって、いまでもおもうんだ。このおはなしをすると、みんながかなしいかおになるから、いわない。……でも、リィズならいいよね。いまはねこだもの」 『あ……はい、そうですよ! 俺は今、猫ですよっ! 全力で猫ですっ!』  猫尾をピシッと立てて、猫背も極力ピンとのばす。ユーリさんは涙が零れそうな目を丸くしてから、ふふっと笑った。 『大丈夫ですよ、王様には最強のラルヴァがついていますから。ユーリさんには、俺がついていますからね』  だから、安心してお眠りください、と猫の手のままでぽんぽんとユーリさんの小さな手を叩いてみる。 「うん……ありがとう。リィズはいっぱい、いーっぱいながいきしてね。それで、ぼくといっしょに……いっぱい、あそんで……」  俺の頭をなでていたユーリさんの小さな手の動きが止まった。きっと、今日はずっと不安だったのを、必死に堪えていたのかと思うとそのいじらしさに涙ぐみそうになる。けれど、これからもその不安な気持ちを、他の人に吐露することはないのだろうな、とも思う。この子は、いずれ王様になるのだから。 (うん。俺にはすごい力なんてないけど……こうやって、ユーリさんの不安を聞いてあげられる存在になれたらな……)  そうだ、そういえば祝福係だってラルヴァにも言われていた気がする。 『……ええと。とにかく、ありったけの幸せがユーリさんとフォルナさんと、王様とお城のみんなと――それから、ついでにラルヴァさんにも』  ユーリさんの小さな寝息が聞こえる。侍女さんを呼んでこないと。けれど、急激な眠気に襲われて――俺はとうとう落ちた。   *** 「そこまでだ」  低い声。それから、闇夜に光る瞳を見て、『影』はびくりと身を震わせた。計画は順調のはずだった。今ごろ、城の中の人間たちは眠りに落ちているはずだ。後は正々堂々と、門から入ればよい。  人と契約し、呪いのマギステルスとなった『影』は強力な力を持つ。それなのに、闇の中から現れた『それ』は足音もなく、『影』――呪いのマギステルスの前に現れた。  今日、『それ』は王とと共に城には不在になると、綿密に予定を調べてきたのに。唐突に現れた恐ろしい存在は、得体の知れない化け物という意味を込めて、ラルヴァと呼ばれていた。 「あなたが、この城を昔から守っているっていう、ラルヴァ? インキュバスを拾ったって、噂で聞いたよ。僕も、同じインキュバスなんだ。いっそ、そいつを捨てて僕にしない? あなたくらい力が強くて、顔も整っているなんて奇跡だよね。……あなたが僕を願うのなら、主を裏切っても構わないよ」  呪いのマギステルスは、月光によって露わになった可愛らしい顔で媚びを作ったが、月が翳った次の瞬間には消滅していた。そうして、かつてマギステルスだったはずの砂が、風によって舞い飛んで行く。  それはやがて、呪いのマギステルスと契約した主の許へと還っていくだろう。   「同じ、ねえ。残念だが、あれは俺のお気に入りだからお前とはまったく違うな。……もう聞こえちゃいないだろうが」  オオカミに似た姿かたちだが、地に落ちる影は巨大で、二対ある瞳以外は黒。そして、その背にある漆黒の双翼を打ち振るうと、『それ』は闇の中でひそやかに笑い、また地に落ちる闇の中へと融けていった。
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