祝福のマギステルスは横取りされた--01

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祝福のマギステルスは横取りされた--01

「何回目だ!」  目の前で、主が机を思いっきり叩いた。あらら、痛そうと心配していると「聞いているのか?!」と重ねて怒鳴られる。聞いています、聞いていますけれども。 「ええと……三回目、でしょうか?」 「でしょうか、じゃないだろう!!」  ひげじじい、憤怒。ああ、いけない。この人間は、今の俺の主だった。けれど、主は俺に食事をくれない。ぐう、とお腹が悲し気な音を立てている。 「インキュバスだというから高い金を払って買って、契約までしたのに。こんなに役立たずとは思わなかった!!」  白髪が混じり始めたひげはご立派なのに、髪はないから、窓から差し込む西日がつるりとした頭に反射して地味に眩しい。  ひげじじい……じゃない、主は大層ご立腹だけれど、俺はインキュバスだ。淫夢を食べて生きるのに、このハゲから得られるものなんて何一つない。契約だとか言って、俺に取れない腕輪を付けてからというもの、じじいはインキュバスの俺がどん引きするような願い事を毎日のように垂れ流した。曰く、契約をしたインキュバスはマギステルスとなり、他家に惨劇を起こして正しい意味で根絶やしにする力を持つのだから、と。 「……あの、お腹がぺこぺこで、力が出なくて……」 「魚の骨をやっただろう!!」  俺は人に似たこの姿を取らない時は、黒猫の姿で移動する。確かに、猫の姿は取るし、気に入っているけれど、猫だってもっとましなごはんを食べている気が。まあ、俺のごはんが魚の骨なのには理由がある。ちょっと調べた情報によると、俺の主という人はかつてご立派な身分でいらっしゃった。けれど大の賭け事好きで先祖がたんまりと蓄えてくれていた財産を投入し、最終的に王さまの宝物庫に侵入したところを見つかりそうになり、逃げだした。  いま超絶呪っている相手というのは、お金を貸してくれなくなったかつての知り合いだったり、宝物庫に侵入しようとしたのを見つけた警備の騎士だったり。まあ、手当たり次第。とうとう、王さまを呪えと言い出した。  しかし、腹ペコのインキュバスがまともに働けるはずもない。それでも俺は頑張ったけれど、一回目、かつての知り合いの家を呪ったら難産で母子ともに危なかった二人が無事助かった。二回目、騎士の子どもたちが川に流されそうになったのを牛の群れがやってきて助けられ。三回目の王さまに至っては、治らないと言われていた病から奇跡的な回復を果たし、先ほど元気に政務に復帰したと宣言が出されたばかりだ。 「こんなみすぼらしいインキュバスなど……キェエエエエエッッ!!」  ぶち切れたひげじじいが、皿を中空にぶん投げる。 「あ、あ……あるじ。そんなに怒っていたら、血管が切れてしまいますよ」  誰のせいだ、と怒鳴られた。そういえば、この主のところに来るまでいた店の檻の中でも、散々怒鳴られていた。人間というのは大きい声を出さないと会話ができないのだろうか。お皿がパリン、と割れてしまった。お金がないので、またお皿は直すしかない。手当たり次第に物に当たっていくので、元のかたちのまま無事でいられる物なんて、この部屋にはない。続けて投げようとしても、物がないことに気づいた主は俺に近づいてきた。 「あああ、あの……、これ以上俺の翼の羽根を抜いたら、本当に何もできなくなりますよ」  がしっと翼を鷲掴みにされた。ぶん投げられる物がなくなったから、痛めつけても死にはしない生き物に目を付けたらしい。 「ふん、余程お前が使いものにならなくても、せめて憂さ晴らしくらいはさせろ!」  ぶたれても、インキュバスは死にはしない。けれど、痛いものは痛い。はげじじいが目をギラギラとさせたところで、俺は黒猫に変じると慌てて窓辺へと避難した。 「契約金分は働いたらどうだ!」 「ちょっと、直接行って呪ってきます~!」  主に認めてもらうなら、やはりターゲットは王さまだな。これがきっと、最後のチャンス。俺は鼻息荒く、王城へと乗り込んで行った。
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