15・7階のSilly Man

3/4
513人が本棚に入れています
本棚に追加
/315ページ
   どうもいけない。  ちゃんと素直になろうと思っているのに、この男がふてぶてしいせいでつい文句を付けてしまう。ふてくされた態度をとってしまう。  それでも近づいてみる。奥村の手に握られたバナナ・オレを目指しながら。  ごつごつした手の中で、黄色の紙パックが妙に小さい。指先が、はっきりと見えてきた。切ったばかりで短い爪も。ひときわ大きな親指の爪も。  怪我した左足を地面につけぬよう、松葉杖を脇に挟んで立っている――その男の、まん前まで近づいた。 「来た。バナナ牛乳、ちょうだい」  顔だけは、どうも間近で直視できない。向こうの胸元に視線をずらして催促していた。襟元が半被のようになっているブルーの病衣をとらえながら。浅黒い肌とくっきり浮かびあがった鎖骨も。 「ほら」  目前に、さっとバナナ・オレが差し出された。 「……貰います」  と手を出したところで突然、目の前からバナナ・オレが消えてしまう。のばした手がお預けをくらってしまう。  黄色い紙パックはなぜか、頭上にあげられていた。  あ。と間抜け声をあげてから、向かいを睨みつけた。 「なに、すんの」  奥村は歯を見せてクッと笑っていた。してやったりという顔。バナナ・オレを、頭の上でひらひらと動かしている。 「ちょっとぉ」  負けじと奪おうとしてみる。  けど奪えない。  取ってやろう取ってやろうとするのに、つかまえる直前で奥村がどこかにやってしまう。手をあちこちに移動する合間合間に、奴の笑顔が見えていた。こ憎たらしい笑顔が。  完全に、からかわれている。 「……ちょっと!」  そう来るなら、もういい。バナナ・オレなんてもういい。  そっぽを向いて「もういらない!」と放とうとした時だった。  こめかみに突然、やわらかな感触がぶつかってくる。横の髪に、あたたかな息が吹きかかってくる。  びっくりした。  こめかみにあるのは、誰かの唇だった。  ロッカーになった小さな冷蔵庫が、奥村の肩の向こうに見えている。ぼんやり、ぼんやりと緑色。 「ちょっかいをさ。かけたくなっちゃうんだよなあ」  唇を離してから奥村が言う。  そっと手首を掴んできて、手の平につめたいものを置いていく。  バナナ・オレだった。  顔が熱い。手の中の紙パックを頬にくっつけて、冷やしてやりたいくらいだった。 「それは」  ――それは。  ここでまごついていても仕方がない。  顔が赤いと分かっていても、奴を見なければいけなかった。言わなければいけなかった。 「それは、あたしを、好きってこと?」  奥村の顔が目の前にある。唇からこぼれる息がふわり、こちらの額にぶつかる位置に。  けれど勇気を振り絞ったのに、その表情に変化はない。  そのうえ、しれっと指図されてしまう。 「もうちょっと離れて。小笠原」
/315ページ

最初のコメントを投稿しよう!