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第四章 03 想い
翌日、一二時五〇分、〈雪月花〉店内レジ前。
「鏡の中に現れる霊の倒し方?」
店長の比留間は、ケイの問いに目をパチクリさせた。
「はい、それも結構悪質なタイプの」
「悪質なタイプ……」
「店長は、霊能者の方なんですよね。本当でしたら依頼したいところなんですが、急を要しまして。わたしと友人で対処するので、強力な除霊アイテムを売っていただけませんか」
比留間は目を見開き、
「もしやあなた、一〇月にも同じような理由で買いに来た人?」
「はい。あの時購入したアイテム、とっても役に立ちました! 有難うございました。女性の店員さんにもよろしくお伝えください」
「あ、ああ……。ところであなた、霊能者?」
「いいえ」
「でも霊感はある?」
「どうやらそのようです」
「完全に素人なのか?」
「はい」
比留間は小さく唸ると眉をひそめた。
「本当です。本当に素人ですし、アイテムも本当に効果が──」
「いや、そういう事じゃなくってね」比留間は広めの額をポリポリと掻いた。「どんな理由かは知らないけど、素人が霊をどうにかしようとするのは大変危険だ。知ってしまった以上、私にはあなたに忠告する義務がある」
「危険は承知の上です。それでも、どうしても避けては通れない問題なんです」
「その鏡の中の霊を払う日はいつ?」
「明日です」
「明日! あちゃあ……」比留間は片手で頭を抱えた。「除霊の仕事入っちゃってるよ……」
「ええ、きっと依頼するのは難しいだろうなと思っていました」
「何でもっと早く言ってくれないかなあ……」
「決まったのも急なんです」
「素人が危険な真似しようとしてるっていうのに看過出来ないよ。私が空いている次の日曜日まで待ちなさい。特別に通常より安く引き受けるから」
「そういうわけにもいかないんです」
凪の仕事の都合がある。しかしそれ以上に、あまり時間に余裕はないぞとケイの直感が再び告げていた。
「前回は別のタイプの化け物でしたけど、友人と協力して上手くいったんです。勿論、こちらで購入したアイテムのおかげで助かりました。今回もよろしくお願いします」
比留間は呆れたようにケイを見やった。
「お金ならある程度は出せます」
「そういう問題じゃないんだよなあ……どうしても明日じゃなきゃ駄目なわけ?」
「あまり先延ばしにはしたくありません」
比留間は溜め息を吐くと、レジの後ろの棚からメモ用紙を取りカウンターに置き、エプロンの胸ポケットに挟んであるウサギのマスコットが付いたボールペンを右手に持った。
「念のために場所を教えて」
「舞翔市の、多分松竹町の何処かです」
「た、多分?」
「はっきりわかっていないんです。高校時代に死んだ友人が、かつて家族で住んでいた空き家なんですが……」
「舞翔市松竹町……」比留間は雑な字でメモ用紙に書き始めた。「その亡くなったお友達の名前は」
「木宮光雅です」
比留間はピタリと手を止めた。そしてゆっくりと上げたその顔は、まるで幽霊でも目撃したかのように強張っていた。
「……キミヤだって?」
「はい」
「漢字で書くと、木々の木に宮城や宮崎の宮か」
「はい。え、もしかしてご存知なんですか?」
比留間は答えず目を伏せた。
「あの……どうなさいましたか」
「やめなさい」
「え?」
「行くのはやめなさい」
「それは無理です。さっきも言いました通り、避けられない問題なんです」
「死ぬぞ」
比留間は強い口調で言い切った。
「これはただの脅しや大袈裟な心配なんかじゃない。あなたもあなたの友人も死ぬ」
一五時一〇分、書店兼カフェ〈クローバー〉。
凪が短時間休憩に入ろうとしていたところに、思いもかけず緋山ケイが尋ねて来た。
「ごめんなさいね、邪魔しちゃって」
「いや全然」
想い人にはベージュのトレンチコートがよく似合っていた。リュックのショルダーストラップを握る姿がまた可愛らしい。
「でも一体どうしたんだ」
浮ついた気持ちを悟られないよう、あくまでも普段通りに接する。
「ちょっと……話が」
「わかった。俺今から休憩だし、何か飲んでくか?」
「そうするわ」
凪とケイが店内奥に唯一空いていた二人掛けの席に座ると、店長の佐伯が気を利かせてメニューを持ってやって来た。ひょろりと背が高く、彫りの深い一見怖そうな顔立ちだが、ユーモラスな男性だ。女性常連客の一部は、間違いなく彼目当てでやって来ている。
「はじめまして。店長の佐伯です。三塚の彼女さん、かな?」
「いえ、高校時代の同級生です」
ケイの回答は、凪の心を僅かに抉った。
「お友達でしたか、これは失礼。この店は初めてですか?」
「はい」
「どうぞ、ゆっくりしていってください。書籍の取り扱いもありますからね。三塚はこの後の仕事忘れんなよぉ~?」
「わかってますよ!」
「あの、わたしホットティーのレモンで」
「じゃあ俺も」
「かしこまりました」
店長はケイに会釈し、凪にニッと笑いかけると、ゆったりとした足取りで去って行った。
「せめて友達だって言ってほしかったな」
凪はケイに向き直ると、小さく笑いながら言った。
「あらそう? でも勿論友達だって思ってるわよ」
「ん……そっか」
それはそれで不満ではあるが、今はそんな事をいちいち気にしている場合ではなかった。
「で、話って」
「あのね、さっきアイテムを買いに〈雪月花〉へ行ったの」
「その店ってここから近いのか?」
「ええ、白銀町よ。それでね、霊能者の店長がいたから、明日の件を簡単に話してみたのよ。そうしたら……結構とんでもない事実がわかっちゃったの」
「とんでもない事実?」
ケイは無言で頷いた。
「今ここで話せるのか?」
「長くなるわ。だから、凪の仕事が終わってから続きを話したいの。外で待っていてもいいかしら」
「構わないが、終わるの六時半だけどいいのか?」
「ええ。あちこち見て回って時間を潰すわ」
そう言って微笑むケイに、凪はつい見とれた。高校時代、光雅や仲のいい女子たちにはよく見せていた表情。一年時の文化祭の準備中、それを初めて自分に向けられた時から、凪は緋山ケイというクラスメートを一人の女性として見るようになっていたのだ。
「ん? 凪、どうしたの」
「あっ? ああ、いやその……緋山はネックレスとかしないのか?」
「ネックレス? ええ、全然。そういえば一つも持ってないわ。でも何で?」
「そういう服着てる女性って、つけてる人が多いよなって、ふと思ってな……」
ケイのトップスはグレーのVネックプルオーバーだ。ネックラインから覗かせた鎖骨に髪が掛かっている。他の女性ならば全く気に留めない事でもいちいちドキドキしてしまう。
「首元が寂しくならないからね。でもわたしは自分で買ってまでつけようとは思わないの」
「そうか……」
──俺がプレゼントしたらつけてくれるか?
喉まで出掛かりそうになったが、凪は飲み込んだ。たとえ友人とはいえ、誕生日でもないのにいきなりプレゼントしたら流石に引かれてしまうだろう。
──順番が違うか。
やがて凪はある決意を胸に秘めた。高校時代、何度も想いを伝えようとしたのに結局怖気付いてしまい、連絡先を交換するだけにとどまってしまった。卒業後もやはり踏み出せず、一旦は想いを断ち切って別の女性と交際したが、長続きはしなかった。
──だからこそ今度は……木宮の件を無事解決させたら、その時は……。
「凪?」
ケイの声に凪は我に返った。
「大丈夫? ボーっとしちゃって」
「あ、ああ、何でもない」
「はいお待たせしました」店長が二人分のホットティーを運んで来た。「お友達さんはごゆっくりどうぞ。三塚はあと一〇分弱~」
「わかってますよ!」
ケイが小さく笑うと店長は微笑み返し、「では」と会釈した。そして二人に背を向けると、ケイからは死角となる絶妙な位置で右手の親指をグッと立て、凪に向かって意味ありげにニッと笑ってみせた。
──何かウゼエ!
凪は内心毒突くと、少々乱暴な手付きでホットティーにリキッドレモンを注いだ。
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