走れない95年・冬

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走れない95年・冬

 当時、40歳だった私は、カメラやレンズを販売する小売店を営んでいた。 当時の地域販売店としては珍しく、インターネット通販の併用も始めていた。 ネット販売の特徴一つだと考えられるが、価格に魅力があれば、少々遠方であっても公共交通機関などを使ってのご来店も決して珍しくはなかった。 「有難うございました!」 そんな或る日、レジで支払いを済ませたお客(山田)さんが、店を出て暫く経ってからのことである。  私は、カウンターに広げられた幾つかのレンズを、元の棚に戻していた。 そして最後のレンズを棚に戻し終えた私は、レジカウンターのケコミ付近で紙幣らしき物を見つけた。 「なんで!なんでこんなとこに?」 それは、真新しい一万円札だった。 「だれが?・・あっそうか、今の山田さんから頂いた9万円の内の一枚で、レジに収める前に落としてしまったのかもしれない?」  私は、急いでレジを開け紙幣の数を確認した。 だが、レジの中の1万円札は、然るべく数の9枚揃っていた。 ところで山田さんより前の売り上げ金はと言うと・・既にトレイの下に移動させていることは承知済みである。 「そうか・・この万札は山田さんが、財布から紙幣を取り出す間際に誤って落とされたものに違いない⁉」  「山田さんは、JRを利用して来たと言っていた。今から走れば駅までに追いつけるはずだ!」
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