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1 彼氏じゃお前を救えない
リケジョとはよく言ったものだが、女子らしい青春も謳歌しつつ研究成果もあげるという化け物じみたことなどできるはずがない。大学院の研究もひと段落ついた悠子がデートをするのは、実に四ヶ月ぶりだった。
なので悠子は化粧のしかたをすっかり忘れていた──ストーカーの存在も。
交差点をつっきろうとした瞬間、悠子は背後から左の二の腕をがっと何者かに掴まれた。
男だった。コートにハンチング、一瞬ハードボイルド小説に出てくる探偵のようだと思ったが、すぐに思考を振り払う。現実にこのような格好をしている人間はもれなく不審者だ。
「いやっ、やめてよ!」
抵抗はまるで意味をなさなかった。不審者はじりじりと悠子を細い道へと引っ張っていく。
「だ、誰か」
「しっ。十七秒だけ大人しく歩け。十七秒だぞ、いま十五秒になった。約束する、その間だけ従えば腕は離す」
不審者が悠子の耳元で鋭く囁く。中年の野太く深い声だった。
悠子はとにかく怖かった。久遠くん助けてと心の中で何回も叫んだし、いっそ中年のハンチングの下の顔面を殴ってやろうかとも考え──一瞬で却下した。日々シャーレ以上の重いものを持ったことがない悠子に、顔面パンチが効くかどうかは怪しかった。
その時だった。
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