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石尾はまた首を竦めそうになったが、この状況下でお父さんはそんな威厳のある態度を取れるわけも無く、ただ凛子ちゃんに頷いた。
「本当にいい方ねぇ。いえね、いつかこんな日が来るだろうとお父さんと何度も話してはいたんですよ。この人ったら、『そんなもん、来た途端に叩き出してやる!』なんて豪語してたけど」
そこでお母さんがころころと笑い出した。
「まさかねぇ、舌火傷して相手の男性に火傷させるなんて。でもこう言ったら申し訳ないけれど、あなたの人となりが良く分かりましたよ。咄嗟にお茶が零れ落ちないように手で止めるなんて」
またひとしきり笑う。てっきり褒められるのだと思った。
「あなたも相当おっちょこちょいみたい」
「お母さんっ」
「お母さん、今のは良くない。好青年じゃないか、畳のために火傷も厭わない、凛子をお任せするのにふさわしいと俺は思う!」
お父さんは自分の失態が拭えないのと、これから先ずっと可愛い娘に冷たい視線を投げられるのかという思いからつい石尾を庇ってしまった。
「お父さんっ、ありがとうございます!」
これでお父さんの描いて来た名台詞は封じられた。
『お前に「お父さん」などと呼ばれたくない!』
どこの父親にも共通の言葉。もう一生言うことはないだろう。
頭を何度も下げ合って、後は雑談モードに発展していった。なにせスーツじゃない。相手も自分のデカすぎるパジャマを着ている男相手に堅苦しい態度を保ちづらい。第一暖房の空気がよく当たる辺りに石尾のズボンがぶら下げられてゆらゆら揺れている。お父さんの視界にそれがばっちり入っていた。
「石尾さん、お寿司は好きかしら?」
お母さんが聞くから元気よく「はい!」と答えた。
「気持ちいいくらいに遠慮がないわねぇ」
お母さんがまたころころと笑う。また石尾が赤くなる。お母さんが「特上、4つ」と言っているのが聞こえる。
またお喋りが始まり、石尾の仕事、凛子ちゃんとの出会いなどで話が盛り上がって行った。
ここから石尾の不幸が訪れ始めた。
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