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東京に出てきて、取り憑かれたように時計を気にしながら歩く人の多さに驚いた。
通勤帯の電車は3分刻みでホームに到着。
定員の数倍の乗客が乗降しても発車時刻は定刻どおりだ。
昼食のレストランは、まるで鶏小屋のように、それでいて物音一つ無く、人々の黙食の時間は5分位。
もちろんお茶を注文して永く居続ける人もいるが、そんな店は概して料理かコーヒーの値段が高かったりする。
そば屋の立ち食いは秋田の田舎にもあるが、コーヒー、寿司、ステーキの立ち食いまであるのは驚いた。回転を早くしてその分安くするらしいが、最初は食べた気がしなかった。
漫画が好きで漫画家になりたいと親を説得して東京に出てきた。
漫画は実力の世界だから有名校がいいとは限らないと親に言って、倍率の低い大学を選んだのは受験勉強が苦手だったに過ぎなかった。
入学すると、僕の周りの学生は僕と同じように、あまり授業に来ない。
学費と生活費を稼ぐため目一杯バイトをしている。
それでも卒業まで数年あるから、あまり焦ってはいない。
最初、 都心から離れた安アパートに入居した。
せっかく東京に出てきたのに、アパートの周りは秋田の田舎と似ていて不便な所だった。
しかも壁が薄くて隣のテレビの音や喧嘩している声が聞こえてくる。勉強する時はヘッドホンは必須だった。トイレは共同で汚かった。
2年近くなって、別のところにも住んで見たいと思うようになった。更新料がきっかけだった。
たまたまスマートフォンで安い賃貸物件を検索していたら、青山のマンションのゲストハウスがヒットした。
詳細をクリックすると、マンションの外観、20平米の大広間と個室の写真が掲載されて高級感があった。
画面をスクロールすると共益費込みで3万円。
僕はすごい物件を見つけたかも? いや訳あり物件? と思いながら、不動産屋のHPにアクセスして、必要事項を記入して写真をアップした。
とりあえず、不動産屋に物件のことを聞いて判断しようと思った。
すると、しばらくして、不動産屋から電話があった。
「上野様ですね。本日はご利用ありがとうございます。大学でイラストを勉強されているのですね。将来はテレビのCMディレクターを目指しているのですね。素晴らしいですね。ところで、1つお願いがあるのです。オーナーは女性の方なのですが、入居前に面接をお願いしたいんです」
「ゲストハウスに入居するのに、面接が必要なのですか? 入居条件が厳しいんですか?」
「いえ、そうではありません。ゲストハウスには7人の方が入居されていますが、共用室がありまして、どうしても顔を合わせることもありますので、事前にお人柄を確認させていただきたいのです」
「なるほど? 他の方とトラブルを起こさない人か確認したいんですね?」
「いえ、トラブルだなんてとんでもありません。ただ、オーナー様が女性で優しい方なので……」
不動産屋は30代らしいが口ごもった。
確かに、部屋の掃除に無頓着だったり、怒りっぽい住人は困るだろうと納得した。
「わかりました。では、面接の場所と日時を教えていただけますか?」
面接の予約をした後で、やはり不安になった。
青山の高層マンションがゲストハウスとはいえ、3万円なんてあるのだろうか?
相場はよくわからないが、10万円でもありだと思った。
差し引き7万円分の何か面倒な仕事をさせるのではないか?
もしかして、オレオレ詐欺とか?
考えると面接が憂鬱になった。
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