家族の距離感

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「こうして3人で顔を合わせるのも久し振りだな。俺は演習やらで泊まり込みなんてのも多かったし」 「こっちも司書として必要な資格を始め、何かと勉強が必要な身の上だからまとまった時間が取れなくてね」 「私も術式の見直しや新型の術環のテストやらで引っ張り回されちゃって。そういう意味だと"今回の話"は丁度良い口実になったってところかな」  苦笑混じりに顔を付き合わせながら、3人はこの場に集えたことを喜び合った。  自らの肉体を鍛え王立騎士団に所属する騎士となったカルバ、王立図書館に勤めながら司書の資格を取ろうと勉強を続けているエティオ、もう一人の兄の残した資料を元に王立研究所に在籍することになったシーアの3人は、同じ孤児院で育った兄妹であり、それぞれの道を進んだ後は互いに顔を合わせる時間が無くなるほどに忙しく、そして充実した日々を過ごしていた。  そんな中、王都の片隅にある茶店で久々に集まろうという声を上げたのはエティオで、それに異論の無かった2人が賛同することでこの場が成立し、その建前として用いた理由こそがシーアの口にした"今回の話"の内容だったのである。  丁度良い口実というのはまさにその通りであると、カルバもエティオもお互いを見合わせながら苦笑を浮かべた。 「次世代を担う人材を育成するための総合的な教育機関、か。まさか悪ガキ代表みたいだった俺がその教育者の1人に選ばれるなんて思わなかったぜ」  孤児院で生活している時分から一番のヤンチャだったことを自覚しているアルバだからこその感想であり、そこに疑問を挟むものはこの場に居ない。  ただ、それでも人選が誤っているとは思わないと口を開くのはエティオだった。 「騎士団の中では面倒見が良くて頼り甲斐のあるヤツだって評判みたいだけどね。もっとも、お人好しでおだて弱いみたいなことも聞くから、体よく押し付けられたってとこかな?」 「怖ぇなオイ、何でそんなに詳しいんだよ……柄じゃないってのに逃げ道という逃げ道を完全に塞がれちまった上、隊長からもわざとらしい残念顔で肩を叩かれた以上はどうしようもないんだこれが」  お手上げといった表情で天を仰ぐカルバに、同調するような口調で告げるのはシーアである。 「何だか他人事に聞こえないね、ウチの研究所も籠り気味な人が多くてやりたがらなかったから、外にある程度顔が利くって理由で何の相談もなく私に決められてたのよ?」  昔こそ人見知りの凄かった彼女ではあるが、自分の道を決めて歩み出した頃からは一転して積極的に他者との関わりを持つようになっていた。  研究一筋の同僚に比較して礼儀作法に明るい事もあって、対外的な交渉ごとに引っ張り出されることも要因のひとつだろう。  ただ、その経緯を聞けば面倒ごとを押し付けられた罰ゲームのような扱いをされていることは否めない。 「そんなに嫌々やることでもない気がするけどねぇ。僕としては、王立図書館の業務との兼ね合いや資格試験の免除項目に関わってくるから、むしろ率先して手を上げたんだけど」  苦笑を浮かべながら告げるエティオ。  それぞれの職場の特色が濃く表れた理由を述べ合う3人だが、それでも同じ職場で働くことになった偶然に喜ばしい気持ちを抱くことに変わりはない。  偶然が生んだこの状況は、まるでかつて生活していた孤児院での生活が戻ってきたかのような気分にもなるのである。  勿論、立場としてはあの時のような庇護される側の子供ではなく、逆に若者を教え導く側になるのだが。 「まぁあれだ、新しいことを始めようって時に不安が先に出てるって言うのか? それでもその道の先に自分の望みがあると思ったからこそ、最後はちゃんと自分で決めたんだぜ」 「私たちに繋いでくれた思いを次の世代に、って事でしょ? お世話になった人、たくさんいるもんね」 「正直なところ、今もお世話になりっぱなしな気もしてるんだよね。 世の中持ちつ持たれつとは言えど、少しは自分から周りに返していきたいところだよ」 「そうだな。この仕事がそういうことに繋がっていけば良いよな」  元居た孤児院を離れて以降、様々な世情の波に呑まれながらも今日まで生きてきた3人である。  庇護の対象でしかなく何の力も持ち合わせなかった彼らが今の立場に居られるのは、周囲にいて世話を焼いてくれた大人たちが守ってくれていたからに他ならない。  そうやって築いてくれた道の上を歩いているからこそ、大人となった自分達の振る舞いをどうするかを考えるのは大切なことだった。  だからこそ、自分達が同じように次の世代を守り、育てていくという結論に異論が挟まれることはなかったのである。 「よし、ならこれから母さんの所へ報告に行こうぜ! 俺たちが同じ職場で働くんだって言ったら、きっと驚くぞ」  ニヤリと笑いながら、カルバは提案する。 「驚かすのは良いけどやり過ぎないでよ? その年で怒られて簀巻きにされたら、王都中の笑い者だからね」  やれやれと肩をすくめながら、否定の言葉は口にしないエティオ。 「あはは、懐かしいなぁ。カルバは一番のお調子者だったから、よく怒られてたもんね」  年月が経っても人の本質が変わっていないことに喜びを滲ませるシーア。 「いつの話をしてんだよ! 俺だって一人立ちしてるんだ、そうそう怒られたりは、しない……よな?」 「何で自信なさそうなんだよ……」 「そういう所は昔から変わってない、ってことかな」 「う、うるせー!」  離れて暮らしていても、久し振りに揃って顔を合わせる状況であったとしても、気の置けない関係が損なわれることはない。  それだけでも、彼らが家族であることは疑いようのない事実である。
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