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ひゅるりと乾いた風が背中から走るが、栄の談議は続く。
「俺…さ、恥らってる姿とかすげー好きな訳よ…」
「……俺も好きですけど…」
「顔とか、こう赤くしてさ…俯かれたりなんかされたら、俺の中で何かムラっとするんだ…」
「…そりゃしますね」
ムラどころか、据え膳で誰であろうと美味しく頂いてしまうと思わずニヤリ笑ってしまう史鶴は宗潤曰くの雑食派なのかもしれない。
「それが…それがさ…」
史鶴のニヤケ顔なんか、眼中に等無い栄が思い出した様に顔を青くしていく。
「…っのぎに」
「…はぁ?」
何、聞こえないっすよぉー…
苛々交じりのその突っ込みもかき消された。
栄の叫びによって。
「志ノ野木にそれを感じてしまったんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「…………は?」
ブンブンと首が千切れんばかりに振り回す栄は最悪だぁあああっとまた顔を両手で覆うが、
(…いや、ちょっと待ってよ…)
先程の爆弾発言についていけない史鶴は一人硬直状態だ。
「さ、か…えせん…」
「分かってるっ!みなまで言うなっ!仕方無いんだって、マジでっ!だってな、だってだぞっ!」
かなり必死な栄に若干引きを感じる。
「脚立から落ちそうになった志ノ野木をさ、抱えて、そしたら、アイツ真っ赤になって俺に謝って…耳までだぞっ!それってちょっとしたギャップだろ!けどな、これには事情があるっ!アイツが赤くなってたのは太朗に激怒してたからなんだよっ!それなのに俺、ちょっとだけキュンなんてしてだぞっ!恥ずかしくて堪らんがそれ以上にそんな志ノ野木に勘違いでときめいたなんてのが一番ショックすぎるんだよっ!!!」
一気に語り、はぁはぁっと肩で息をしてしまう始末の栄は明らかにいつもの自信に満ちた雰囲気等皆無。
その背中からは哀愁と苦渋の色まで見え始める。
(…そりゃ…まぁ…お気の毒に…)
掛ける言葉も見つからないとはこの事。
せめてもに肩に手を乗せようと挙げた手もその侭。
史鶴の額にも汗が見え隠れし始めた。
(志ノ野木にねぇ…)
脚立だの、太朗だの、何となくのキーワードでその状況化は掴める。きっと昨日の事だろうとぼんやり遠くを見詰めてしまいそうになるが、
「しかも…いくら太朗から発破をかけられたからって…思わず抱き心地を確認までしてしまった…」
最後に爆弾投下。
ヒクっと、とうとう史鶴の顔全体が引き攣り始めた。
「栄…先輩…志ノ野木ですよ、志ノ野木…」
大事な事なので二回言いました。
しかし、だからと言って今の栄にこんな言葉が伝わるかどうかも定かでは無い。
案の定、うーんと頭を抱えている先輩を前に史鶴は再び、げっそりと頬をこけさせた。
(栄先輩ぃ~…)
もう放って置きたい…。
このまま置き去りにして帰るのはありだろうか。
(あると思います)
どこかで聞いた事のあるフレーズに自分自身頷き、そろりと史鶴は部屋の扉に手を掛ける。
退散、退散。
人とは悩んで大きくなるのだ、
(なんて、志ノ野木なら言いそう…アイツ変なとこで年寄り臭いんだよなぁ…)
思わず、宗潤がビシリと眼鏡を光らせながらそう言う構図が脳内に浮かび、小さな笑みが零れた。
(言いそう…言いそう。あ、でもアイツって凍てつくような視線寄越す癖に、結構焦った顔とかは普通に人間臭いよな…あの時だって)
『助けろ、友納っ!!』
至に押し倒されていた宗潤は自分に助けを求めた。
手を伸ばし、必死に至を制していた宗潤。
何だか変に優越感をじわっと感じるが、
(フン、何だよ…アイツだって偉そうにしてるけど、可愛いとこ…)
―って…。
ガァーンンンンンンっ!!!
「―――!!?うぉおお!?な、何だっ!?」
けたたましく鳴った打撃音。
何事かと背後を振り返った栄は自分が悩んでいた事も全て吹っ飛ぶ位に勢い良く椅子から立ち上がった。
そして、其処に居たのは、
「阿呆かぁああああああ、俺ぇええええええええ!!!誰が可愛いだ、この野郎めぇええええええ!!!」
ガンガンガンガンガンガン
頭を扉に物凄い勢いでぶつける後輩の姿。
「ちょ、おい、し、しづる!?」
何やってるんだと自分の事は棚へときちんと片すと、栄は史鶴の傍へと駆け寄った。
「馬鹿ぁああああっ!俺の馬鹿ぁああああ!!」
「ちょ、おいいいいっ!誰かぁああああ!!」
尚も頭を扉へと叩き付ける史鶴に半泣きで助けを求める栄の姿。
シュール以外の何者でも無いが、これが本当に学校内に君臨する『西』なのかと問われたら、今は何も言い返せないだろう。
まぁ、これの元凶が志ノ野木宗潤であると言う事も誰も知りはしないだろうけれど。
人間の根本とは以外と脆くて面白いと言う事しか。
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