ひと夏の思い出

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ひと夏の思い出

8月15日の、蝉の鳴き声で賑やかな夏の日。 今年8歳になった海斗(カイト)は田舎のおばあちゃんの家に来ていた。 毎年恒例の行事で、普段住んでいる町とはまるで違う大自然が広がっていて好きだった。 「行ってきます!」 「海斗、おじいちゃんにも挨拶するのよ?」 玄関で靴を履こうとしたところで、母親にそう言われた。 「あ、そうだった! おじいちゃん、行ってきます」 海斗は家の仏壇に向かって手を合わせる。 おじいちゃんは去年亡くなって、今日がその命日だ。 海斗はおじいちゃんっ子だったため、物凄く悲しんだのを今でも憶えている。 『マコトおじいちゃんはね、海斗くんのことが宝物だって言っていたよ』 泣いて泣いて、それでも泣き止まない海斗に祖母が言ってくれた言葉。 海斗は泣いている自分が恥ずかしくて、涙を拭いて立ち直った。 泣いてばかりいたら、天国の祖父も悲しんでしまうと思ったからだ。 「あ、そうだ海斗! 明日は海斗の誕生日だろ? これからお母さんとおばあちゃんと一緒に、街へ行ってケーキの材料を買いに行くから、しばらく家を空けるぞ。 夕方までには戻ってくるから」 「はーい!」 父親に返事をしながら玄関へ戻る。 半袖半ズボンに麦わら帽子。 サンダルを履いて、玄関に置いてある虫かごと虫取り網を手に取った。 虫かごを首に下げると玄関を出る。  夏の日差しが激しく射すが、それももう慣れっこであった。 しばらく歩くと馴染みのある顔が見えてきた。 少年三人組。  ひょろり背が高いのが博六(ハクム)、身体の大きいのが勝五(ショウゴ)、背の低いのが四信(シノブ)、という。 地元の子たちで、夏休みに遊びに来ている間に仲よくなった。 「お、海斗じゃん! 今日も来たんだな!」 「うん! 一緒に遊ぼう!」 三人は学年がバラバラで、博六が六年生、勝五が五年生、四信が四年生だ。 田舎で子供の数が少ないため、学年が違っても同じクラスで仲がいい。  普段、町暮らしの海斗からするとそれは物珍しく、年齢が違っても楽しく遊べるというのは新鮮だった。 三人は小学校二年生の海斗をまるで弟のように可愛がってくれる。  田んぼ沿いをしばらく歩き、涼しい森の中へ入るとしばらく昆虫探しに励んだ。 だが森の中とは言え、夏の暑さは体力を奪う。 「喉乾いたー! 駄菓子屋へ行って、アイスでも食おうぜ!」 「いいね! 賛成ー! 海斗も行くよね?」 勝五と四信の提案に、海斗は頭を掻いた。 「あ-、僕、お財布を持ってきていないや・・・」 「じゃあ、海斗には俺の半分をやるよ。 ほら行こう! 駄菓子屋まで、みんなで競争だ!」 博六の言葉を合図に一斉にスタートを切った。 海斗は運動には自信があるが、流石に学年がこれだけ違うと敵わない。 田舎であるためなのか手加減などはなく、ぐんぐん引き離されてしまう。  だがそれでも駄菓子屋の場所は分かっているため問題ない。 ――――はずだったのだが、巻き返そうと息巻いて足を速めたのが災いし、もつれて盛大に転んでしまう。 緩やかな下り坂、ただ少し弧を描いていたために道を外れて転がり落ちた。 「うわあぁぁ!」 幸いなことに草が生い茂っていて、勢いが殺されたためすぐに止まった。 安堵し周囲を確認すると、目の前に大きな水溜まりがある。 「うわッ!」 もう少し滑り落ちていたらドボンだった。 水溜まりを上手くかわし、立ち上がると服の汚れを払う。 坂を上りみんなのもとへと行こうと思ったが、簡単には登れそうになかった。  迂回するように歩くと、偶然けもの道を見つけた。 奥は少し暗く不気味であるが、何故か猛烈に心が惹かれる。   ―――向こうに何があるんだろう? 興味が湧いたが、長い棘だらけのつるが行く手を阻みこれ以上は進めない。 持ってきた虫取り網も今は博六に預けているし、あったとしてもどうしようもないだろう。 ハサミがあればと思うが、家には誰もいなく自分も鍵を持っていない。 ―――誰か、ハサミを持っているかな? 駄菓子屋へ行った三人に聞いてみることにした。 幸い登れそうな場所はすぐ見つかり、再び駄菓子屋を目指した。
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