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あたしは嫌な思い出を断ち切るように頭を左右に振ると、玄関のドアを開けた。
ドアを開けると、父親のものにしては少し大きいサイズの男物の靴が玄関に並んでいた。
それをじっと見ていると、母がリビングから顔を出す。
「真音?おかえりなさい」
「ただいま」
「今、詩音の部屋に瑛大くんが来てるの。ピアノの練習もあるみたいだし、騒がしくしちゃダメよ」
靴を脱いで二階の部屋に上がろうとしたあたしに、母が軽く釘を刺す。
瑛大くんは、姉の詩音の彼氏だ。
音大生の姉とは二つ違いで、医大生。
すらっと背が高くて整った顔立ちをした彼は、両親からの評判もいい。
瑛大くんが来ているとき、母はだいたい機嫌がよかった。
そして彼が来ているとき、母は必ずといっていいほど、「騒がしくしないように」とあたしに注意する。
姉の彼氏が来ているときは、玄関に並んでいる靴を見ればすぐにわかる。それにあたしはもう子どもじゃないから、意味もなく一人で騒いだりしない。
そう思いながらも、あたしはいつもどおり無表情でこくんと母に頷いた。
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