桐生瑠奈と山崎茉莉花

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 高校に入って二度目の夏休みは,部活動のない日は地元に自宅のある同級生たちと一緒に昼間は予備校の夏期講習に参加したが,夏休みに予備校以外で友達と過ごすことはほとんどなかった。  それでも高二の夏休みは,生徒たちにとってみんなで遊べる最後の夏休みでもあった。三年生になれば夏休みは山下のように夏期講習で完全に潰れ,大学受験の準備に追われた。  各部活に参加している三年生も大会で勝ち進んでいない限り運動部も含め全員が勉強に集中し始める時期だった。  進学校であり自由な校風を求めて他県から入学する生徒も多いこの学校では,夏休みになると半分以上の生徒が実家に帰り,残された生徒のなかにも家族で海外旅行や両親の田舎でお盆休みを過ごす者も多く,夏休みの間に部活動などで学校に来る生徒は限られていた。  そんな夏休みに行われる学校の肝試しに参加するのは,そこからさらに選ばれた一年生と二年生に限定され,毎年十人いるかいないかといった程度で行われた。  一年生のときに誘われなかった櫻子は,怪談噺と肝試しがあることは知ってはいたし興味はあったが,実際に自分が参加するなど,普段それほど交流のない同級生の桐生瑠奈(きりゅうるな)に誘われるまで想像すらしていなかった。  この肝試しは学校でもカースト上位のリア充しか参加できないことで有名で,櫻子のようなクラスでも目立たない生徒が混じることに櫻子自身,違和感しかなかった。  それでも誘ってもらえたことが嬉しく,当日まで何を着ていくか,髪の毛はどうしようかなど,普段考えないようなことを考え胸を躍らせて過ごした。  そしてなにより,先輩の山下やクラスメイトから聞いた曖昧な内容ではなく,もっとしっかり学校の怪談噺について知っておこうとネットで検索して自分の学校の歴史を調べた。  歴史のある学校なだけあって,さまざまな噂噺や先輩たちの体験談がネットですぐに見つかった。体験談は一言コメントのようなものから詳細な内容まで,山下やクラスメイトの噺にはなかったで内容で溢れかえっていた。  しかし,どの噺もまとまりがなく,確かにどの書き込みも読んだだけで不安になるような怖い噺であったが,同じ話がひとつもなく,どれも学校で聞いた内容とは微妙に違い,曖昧なままで詳細はわからなかった。  唯一共通するのは,学校の建物が遥か昔に迫害にあった人たちが潜んでいた場所であったこと,戦前は感染症の隔離病棟だったこと,そして戦時中に残虐な人体実験が行われていたというだった。  そしていくつかの書き込みを読んでいくと,古い噺のなかに楓の失踪が織り交ぜられ,まるで面白おかしく新しい怪談噺が作り出されている不快な印象を受けた。  スマホの画面に流れるそんな書き込みを眺めながら,学校の怪談噺に出てくる楓らしき女子高生について,それが本当に楓なのか,もしかしたらまったくの他人のことなのか漠然と考えながらベッドに横になった。  櫻子がスクールカースト上位のリア充に誘われて,浮かれて肝試しに参加したことをのちに後悔することなど,このときは想像すらできなかった。 ……不浄(ふじょう)ノ血,集メテ枯ラセ,十河ノ華……  スマホの画面に流れる書き込みに視線を落としたが,いつの間にか眠りについた。  スマホは手から滑り落ちるようにして,静かに床に落ちた。 ……華ハ散ル,咲ク事ヲ許サレズ……咲イテハ鳴ラズ華ヲ散ラス……  古い黄ばんだ紙に墨で書かれた文字を撮影した画像がスマホの画面に映ったまま画面がスッと真っ暗になった。
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