十河楓

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十河楓

 深山の片田舎ではあったが,そこには県内でも有数の進学校があり,指定の制服がなく自由な服装で三年間通える歴史の古い高校があった。十河楓(そごうかえで)はそんな理由で選んだ高校だったが,実家からは遠く,学校までは電車とバスを乗り継いで片道一時間三十分ほどかかった。  両親は通学のために運転手付きの車を用意してくれたが,放課後の部活動や友達との付き合いを大切にしたいと思い,一年生の夏休み以降は他の生徒と同じように電車とスクールバスを利用した。  歩く度に白く透き通った脚がスカートの裾から僅かに見え,服の上からでもわかるスタイルのよさが周りの目をひいた。  艶のある長い黒髪が風に吹かれて白く透き通る首筋を露わにし,一目で高級だとわかる小さなダイヤモンドが埋め込まれたシルバーのネックレスが全体の雰囲気を明るくした。  高校入学の際に祖母からお祝いとして買って貰ったネックレスだったが,普段から肌身離さず身に付けていた。  モノトーンで統一された仕立ての良い洋服は高校生らしからぬ装いではあったが,誰もそのことに疑問をもつ者はおらず,彼女を見るとむしろそれが当然だと周囲の人たちは思っていた。  指定の制服がないこと以外にも他校に比べて校則が緩い理由のひとつが,歴史の古い進学校であり偏差値が地域のなかでは群を抜いて高かったため,生徒のほとんどが教師による管理がなくても問題のない生徒ばかりだからだった。  唯一禁止されていたのがバイク通学だったが,免許を取ること自体は許されておりプライベートでのバイク利用は規制されていなかった。  女子は髪を染めることも化粧をすることも禁止されていなかったが,実際にしっかりと化粧をしている生徒はほとんどおらず,髪の毛もよく見れば明るく見えるといった程度の生徒が数人いる程度でお洒落よりも清潔感が重要視されていた。  男子も同様で悪い言い方をすると地味な大人しい生徒が多く,入学時から勉強が最優先で有名大学への進学を目標とし,彼らは校則がなかったとしても問題を起こすような生徒はいなかった。  校内にはそんな地味な生徒が多かったが,常にジャージや部活ごとに揃えられたお揃いのスウェットで過ごす運動部以外は,彼らなにり思春期ならではの異性を意識した最低限の洋服や髪型に気を配っていた。  生徒たちはどこのブランドの洋服を着ていて,どこの美容院に行っているかなどお互いに情報交換をし,常に悪目立ちしないよう気を配っていた。  そのなかでも楓は,高校生らしからぬモデルのような容姿と全身を包むハイブランドの洋服が周囲から浮いた存在だった。  楓にとっては好きな格好ができれば周りの視線など気にならなかったし,それ以上に周りの生徒たちも楓の雰囲気に魅了されていた。  生徒たちの多くは学校の最寄駅から学校指定の白いスクールバスに揺られ,学校まで二十分ほどかけてのどかな田園風景を横目にかろうじて舗装された道を進んだ。  いくつめかのカーブを曲がったところで場違いなほど立派な煉瓦造りの,まるで中世の建物のような校舎が突然現れ,さらに小高い丘の上に重厚な煉瓦造りの校舎が並ぶように建っていた。  古い建物の見える部分はほとんどが赤茶けた煉瓦で覆われ,要所要所に御影石が積まれた城壁のような苔むした壁が視界を遮った。田舎道には相応(ふさわ)しくない足元に敷かれた黒ずんだ煉瓦からも歴史を感じさせた。  のどかな田舎道から校舎へとつながる大きなアーチの門には教会を思わせる彫刻が施され,その奥に見える中世のお城を再現したかのような後者の佇まいに周りの田畑さえも品があるように感じられた。  スクールバスが建物を横切り,所定の場所に到着すると,私服姿の生徒たちがバスに揺られて疲れた表情を隠そうともせず列をつくって降りてきた。  なにもしなくても人の目をひく楓が大勢の生徒のなかで誰にも見られずに突然その姿を消したのは,そんな普段と変わらないスクールバスを降りた,校舎までほんの僅かな煉瓦が敷き詰められた場所だった。
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