1-僕は確信していた。 この先、僕の人生はイージーモードだと。

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1-僕は確信していた。 この先、僕の人生はイージーモードだと。

貴族の四男となれば、宮仕えもしくは有力貴族へ仕えるためリリザッツール・インペリアルカレッジ(帝国高等学校)で学び、成績上位を目指し資格取得に血道を上げるものだ。 だけど僕は違った。 リリザッツール帝国内の小国、ダリス王国のインペリアルカレッジで、僕は六年間ずっとアイドルだった。 光をたたえた明るい金髪。甘さを感じさせるミルク色の肌。バイオレットの目は宝石のように輝く。 一言で言えば美形。 さらに付け加えれば愛され系。 それがダリス王国のフローラルビューティー、タチアナスト・ロリゲスだ。 ハイクラスの貴族の子息たちはみな僕をそばに置きたがり、ついには決闘なんてこともあった。 望めばなんでもプレゼントしてくれたし、一生そばにいて欲しいなんてプロポーズのような事を言ってきたのも一人や二人じゃない。 だから僕は確信していた。 この先、僕の人生はイージーモードだと。 このダリス王国も含めリリザッツール帝国の貴族は大まかに三階層に分けられる。 一番多い一般貴族は「チール」、中級の貴族は「ベイト」、チールとベイトを従え国を動かす支配階級上位の「アゼス」、そして王族は「セザ」。 アゼスやベイトクラスの貴族の子息は大多数が在学中に進路が決まるが、僕のようなチールクラスの子息は卒業してからが勝負だ。 目指すはアゼスクラスの貴族の従者。兼、愛人なんてのも悪くない。 僕のような貧乏チールクラスの四男ともなれば、裕福な貴族の令嬢との結婚は難しい。 だが、旦那様か奥様かに気に入られ愛人になれば、関係解消時に結婚相手を紹介してもらえるのだ。 良家の娘と結婚できれば、妻の実家の援助であとは安泰。 二男、ニ女のあたたかな家庭を築き、僕も妻もそれぞれお気に入りの愛人を抱えながら、幸せに暮らす。 もっと運が良ければアゼスクラスの子息の本命の愛人として愛ある永久就職だってあるかも……。 僕の中で、そのどちらかへの道へ進むというのは決定事項だった。 だけどいざ就職活動を始めると、成績が芳しくなく何の資格もない僕は、なかなかいい就職先に恵まれなかった。 旦那様か奥様とお会いすれば、この美貌を気に入られてすぐ採用になるだろうと思っていたのに、どの家でも採用担当は家令だった。 いや、はじめのうちは採用もあった。だけど「この僕がこの程度の家で働くなんて。もっと良い家に採用されるはずだから」と、領地の少ない家の従者の内定を二つほど断ってしまった。 しかも家令に個人的に気に入られ、この家での採用は難しいが私の家でならと言われた時も、それじゃ格落ちじゃないかと断ってしまった。 でもいま考えれば、アゼスクラスの家の家令ともなれば、ベイトクラスの貴族でも特に有能な超エリート。 平民で置き換えれば優良大企業の雇われ社長のようなもの。と言いつつ、当然だけど社長なんかよりずっと身分は上だし固定給も破格で、さらに加え主人の慶次ごとの不定期収入も多い。 そこに気付けなかったのは、やっぱり僕がちゃんと勉強をしてこなかったからだろう。 インペリアルカレッジ時代の友人に就職先を紹介しようかと言われた時も、ありがたいけど自力で見つけたいからと言いつつ、紹介先の家格が不満で断った。 しかしそこから先は不採用続き。切羽詰まってどうにもならなくなっても、いまさら「やっぱり紹介してほしい」とは言い出せなくなってしまったのだ。 いくら就職に失敗したとはいえ、平民と同じ仕事をするなんて考えられない。 貴族にしかできない仕事、それは魔力が必要な仕事だ。 貴族位というのは三代以上魔力を受け継ぎ続けた家だけに与えられる。 便利な魔道具を使うには魔力が必要で、魔道具のある職場には基本的に貴族しか就職できないというスパイラルができていた。 だから僕のように就職に失敗した貴族の子息は、とにかく魔力が必要な仕事について体面を保つ。 その中でメジャーなのは魔術塔での薬品作りや魔道具作りなどだ。 薬品作りには薬剤師の資格が必要だが、調合するだけの下働きなら最低限の魔法薬の知識があればいい。 魔道具作りも同じ、設計士の資格がなくとも組み立てには最低限の魔道具知識さえあればいい。 だけど、そのどちらも平均を下回っていたら? マタンゴ、スライム、マンドラゴラ、パズズなどの魔獣(モンスター)ファームで働くしかない。 ちなみに他国にはユニコーンやコカトリスなど、勤めればちょっと自慢できそうなファームもあるが、弱小国ダリスではそんなファームなど作れっこない。 その代わりと言ってはなんだが、ダリスにはアルアラ大洞穴(どうけつ)がある。 アルアラ大洞穴に生えるインスラ苔を通った湧水で成長したスライムは、様々な薬や魔法素材の原料として珍重されている。 そう、このダリスは、養殖スライムの一大産地なのだ。 ◇ 豊かな金の髪を結い上げ、たっぷりとドレープを取ったシルクのブラウス。そして、繊細な刺繍を施した上着とパンツ。リボンのついた靴下に光沢のある靴。 今日も僕は美しい。 街を歩けば誰もが振り返る。 しかし、貴族なのになぜ平民街から山に向かって歩いているんだと疑問の視線も混じっているので、もう少し職場寄りの乗合馬車の停留所に着きたいのだが、なぜか毎度馬車を乗り間違えてしまう。僕としてはこの不思議な現象を是非とも世界七不思議にくわえてもらいたいところだ。 そしてここは、アルアラ大洞穴(だいどうけつ)。 広大な洞穴には入口が複数あり、一部は観光地として開放されていて、スライム狩り体験やポヨンポヨンスライムレースなどが人気だ。 スライム牧場(ファーム)の入口は貴族の職場らしく扉からして高級感がある。ラグジュアリーなエントランスにはスライムをかたどったクリスタルのシャンデリア。貴賓用ラウンジも贅沢なしつらえだ。 僕たち社員はメインの扉から少し離れた、高級感はあるけどちょっと小さい扉から中へ。高級感と古さのせめぎ合う受付兼守衛室の前を通って、高級感ある魔力灯が点々とともってはいるけど岩肌むき出しの通路を進む。 でも貴族の職場だけあって、そこそこ高級感のあるラウンジや、カフェ、レストラン、ショップ、喫煙室、休憩室、それから簡易ホテルなど、附帯設備は充実している。 充実しすぎて住もうと思えば住めてしまう。 でもそんなことにはなりたくない。 僕にとってここはもっと広く美しい世界への足がかりに過ぎないんだから。 このファームに勤めだして二週間経つ。 長かったような、短くはなかったような。 大変だったようで、辛くないなんて言っていられないような。 でも今日、ようやくこの美しい僕が育てた最上級のスライムが出荷できるはずなのだ。 スライムはその分泌液を魔法薬の材料にしたりなど、実に様々に用いられる。 けれど自然に育ったスライムはただのモンスターで、ポヨンポヨンと無駄跳ねしたり、害のあるものを取り込んでいたりと扱いが難しいため、このファームで魔力を与えながら肥育し、人慣れしたスライムにすると同時に付加価値を与え出荷しているということらしい。 スライムはまず、洞穴内に自然にできた複数の湧水プールで300グラムまで育てられる。 この部署を担当するのは魔力量が少なく魔力の質も低い者たちだ。 冷たい湧水にすねまで浸かり、魔力を流しながら大きなヘラで優しくスライムを混ぜ育てると、ポヨンポヨンと無駄跳ねしなくなるらしい。 これもなかなか過酷な作業だ。 それでも貴族の矜持なのか、絹風のブラウスにパンツの裾をまくり上げてプールをソロソロと歩き回る姿は哀愁を誘う。 湧水プールで規定のサイズまで育ったスライムたちは、百あまりある肥育部屋に届けられ、そこで400グラムにまで育つと、品種や品質ごとに仕分けされ出荷される。 そして美しき僕、タチアナスト・ロリゲスはこの肥育部屋の一つを任されている。 白いタイル張りの部屋には円形の水槽が六つ。 水槽のフチは40センチ程度の高さで、中は掘り込まれていて小さな階段を下りると深さは80センチくらい。 水槽に満たされた湧水の中でスライムたちはクラゲのように遊んでいる。 肥育室の入口から見て左手にはテーブルセットと机のある小さく区切られた、事務兼休憩スペース。さらにその隣にはシャワールーム。 これが数百のスライムを従えた僕の王国。 ああ、本日この王国から、僕の愛を受けたスライムたちが世界各地へと羽ばたいて行くのか……。 僕のようなスライムの肥育担当はファームから最低限の固定給8万ルゴに加え、スライムの出来により歩合が付く。 普通のスライムなら一匹につき100ルゴから300ルゴ。ホワイトスライム、メタルスライムなど付加価値付きや希少性の高いものだとさらに金額は上がる。 つまりレアで高価なスライムを短期間で肥育すればするほど儲かるというわけだ。 とはいえ、ほとんどの者は通常のスライムしか育てられず、その透明度や弾力性など品質を競っている。 平均は一匹につき200ルゴ程度のスライムを500匹、週一ペースで出荷し月平均で48万ルゴ程度の稼ぎらしい。 まあ、金額だけならチールクラスの貴族として悪いとまでは言えない。 スライムは魔力を含む体液を与え育てる。つまり肥育者の魔力の質と量が重要となる。 だったら魔力の質量ともに優れ、魔道具無しでも魔法が使えるアゼスクラスの貴族がスライムを育てればいいんじゃないかとは、誰しもが考えることだろう。 だけど、そうはならない。 その理由は簡単。 アゼスクラスの貴公子は、もっと重要な仕事をしているのだ。 ここで働くのはレアなスライムで一攫千金を狙おうという奴か、まともな就職先のなかった就職敗者。 ……僕は……まあ、仕事が決まればすぐ辞めるし? それにスライムに好かれる者もいるらしくて、その場合は、魔力量が少なくとも早く上質なスライムが育つらしい。 ……だったら、僕なら楽勝じゃない? この圧倒的な愛され力を持ってすればスライムだってメロメロだよ。 僕の体液を与えたらレアなスライムがバンバン育っちゃうかも。 そう思ってたんだけど……まあ、肥育ビギナーだし? みんなと同じ500匹を育ててたら、逆に痩せちゃって、300匹に絞って二週間掛かっちゃったけど、でも、僕が育てたからね、きっと品質は最上級なはずだ。 === [端書き] 1ルゴ=1円 いろんなファンタジー小説で白金金貨、大金貨、金貨、大銀貨、銀貨、銅貨、鉄貨などいろいろありすぎて「いろんな小説の貨幣価値なんかいちいち覚えていられるか!なんだよ『◯◯を売って銀貨2枚、銅貨8枚、鉄貨16枚になった』って???世の中には『通貨単位』って便利なものがあるんだぞ!」と泣き叫んだ結果。 読者に余計な想像力を使わせたくないという親切設計にたどり着く。
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