17 きっとあなた 散る

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GMの高井は、腕組みをしたまま、 窓際迄すすみ、外の景色を眺める。 本社の営業本部から見える、 都会の、 夏の景色は… この男は、なにを、考えたのだろう… その頃、関西では、一つ、大きな問題が起こ っていた。佐藤は、それに巻き込まれた。 「まずいですよ、エリマネ!  どうするんですか、これ!」 「あー なぜ?  こんなことになった?」 「少し、時間をください、       確認します!」 「いや、時間はとれない、   スグに対応しないと…」 これは、佐藤が任されていた、この会社の、 関西初出店のマンションギャラリーで起こっ た事。 「とにかく、先ずは、謝罪だろ!」 「はい!」 「直接、関わった者はスグに出せるか?」 「はい…」 「なんだ?」 「はい、まだ、新人ですから…」 「関係ないだろ!お客様からしてみたら、      うちの社員に変わりはない!」 「はい…」 「本人を呼べ!」 「はい…」 ここの責任者で、エリアマネージャーの佐藤 から、担当を呼びつけるように云われた社員 の依田は、慌てて出て行った。 この関西では、未だこの会社は新参者で、 このマンションギャラリーは初出店。 いまはまだ、一つめのマンションを販売して いる真っ只中だったが、それは、初めてとの 事で、注目をされる事でもある。だから、何 事においても、スマートに進められなければ ならなかったのに… 佐藤は、優秀な男だったのにどうした事だろ う、先ほどの会話を聞いていても、佐藤は、 誰が担当していたのかも把握していない。 事の始まりは、一本の電話だった。 「あー もしもし?   責任者出して!」 昨日の夕方、 男性からの電話だった。 「あの… 失礼ですが、      ご用件は...」 電話に最初に対応したのは、マンション ギャラリーの営業事務の女性、野中だった。 「あんた?責任者なの?」 「いえ…、只今、責任者は、  席を外しておりますので、  私、野中と申しますが、  代わりにお伺いしても    宜しいでしょうか?」 「あんたじゃさぁー、話になんない。  責任者が戻ったら、電話ちょうだい、  ナンバー、出てるでしょ?      この番号に、チョウダイ!」 「はい…」            『ガチャ!』 マンションギャラリーの、事務所にかかっ てきた電話はすぐに切られた。 電話を受けたこの営業事務の野中は、通話中 にスピーカーに切り替えれば良かったのだが、 そうする前に、ほぼ、一方的に話された電話 は短く、受話器を持ったままキョトンとして しまった。 この件を最初に聞かされたのは、野中のそば に居た若い男子社員の河合。 その河合は、この様子は見ていたが、先方の 声のトーンや、通話内容までは分からない。 河合は、野中から、対応を相談されると、 電話の内容をメモして、ここの責任者の佐藤 のdeskに、そのメモを貼り付ける事と、 業務連絡として、皆が仕事中に見る、PCの 「日報」にのせる様にと伝えた。 そして、この日、 この件で、だれも、この男性に電話をするこ とはなかった。 佐藤はこの日、deskに戻っても、他の書類の 下になってしまったメモに気づかなかったし、 日報の業務連絡は、その時に、確認したが、 すでに、野中は帰ってしまっていて、この件 が、未対応だとは思わなかった。 次の日の朝、この男性から、再び、電話があ った。 「もしもし、そっちには、  責任者っていないの?  本社の電話番号、教えて!」 「はい?失礼ですが?」 「あー!あんた!    昨日の人?」        「はい?」 「『はい?』じゃないだろ!  電話!   くれって言っただろ!」 「あっ…、スミマセン!」 「あー、  あんたに言ったよな!」 再び、自分の名を告げない、この男性の電話 をとってしまった野中は慌てた。 昨日の件が、チャンと対応済みなのか、いま は、業務時間は始まったばかりの、朝9時で、 まだ、確認をしていなかった。 「はい、  申し訳ございません。  お電話できていなかったとの事で、  大変、申し訳ございませんでした!」 「あー、もー、  あんたじゃだめ!   責任者に代わって‼」         「申し訳ございません。             只今、席を...」 「また?いないのかよ!  ちょっと!話の分かる人、  いないの?あんた!  ゼンゼン、分からないよね!」         「あっ!          只今、代わります…」 この段階で、この男性からの話の内容も聞け ていないのに、さらに、電話対応についても、 お叱りを受けてしまった野中は、事の全容を 話すこともできないまま、目の前の男子社員 に電話を代わってもらった。              「もしもし、        お電話、代わりました、        私、笹野と申します。        野中が失礼をいたしまして、        申し訳ございません。        ご用件をお伺いいたします」 「なんだよ!聞いてないの?  昨日、云っただろ!」      「申し訳ございません。       恐れ入りますが、ご用件を…」 「あー!なんだよ、  電話一本入れられないの?     責任者から、電話‼」 最後は、短く云われただけで、電話は、切ら れた。笹野は、フーッとため息をつく。         「野中さん?          これ?どうなの?」 突然、何も分からないまま電話対応を求めら れ、さらに、お客様にも、すぐに電話を切ら れてしまった笹野は、不機嫌に営業事務の野 中に話を戻そうとする。 「私は、  日報の業務連絡に  載せましたし、  エリマネには、  メモを残しました!」 野中は、話の内容ではなく、自分の弁明をし た。           「で、だから?」 笹野は、再び、野中に話を戻そうとする。 「責任者からの電話を、  と!  云われていますので、  どなたか、が、  エリマネの代わりに  電話をしていただく、  か、  エリマネからの、     電話です、が!」 野中は、ここに居る皆に聴こえる様に言って みたが、だれも、もう、拗れてるこの件に手 を差し出さずに、対応しなかった。 笹野は、佐藤が居ないので、ここの、責任者 の佐藤の、次の者に、話をもっていった。 この話を聞かされた者は、佐藤が居ない時に ここを任されてはいるが、まだ、チーフにも なっていない男子社員の依田。 ここは、もともと、高井がリーダーだったこ ろ、少人数で立ち上げ、 その、高井と、茉由がぬけた後は、誰も、こ こには入ってきてはいないので、 社員は、エリアマネージャーの佐藤以外は、 営業担当の、依田、笹野、河合の3名で、派 遣社員で営業事務の野中が事務所内に、唯一、 いつもいるだけ、で、あとは、協力会社の営 業担当と、現地採用の、接客担当と、受付だ けだった。 結局、困った依田は「自分は責任者ではない のだから」と、佐藤が戻るまで、この件を 保留にし、しばらく経ってから、ようやく、 戻った佐藤に話を持って行った。 佐藤は、席に戻ると、すぐに電話をした。     「お電話が遅くなって      申し訳ございません。私、      責任者の佐藤でございます。      今回のご用件をお伺いさせて           いただきますが…」 佐藤は、とりあえず電話してみた。急いだほ うが良いと思ったので、これまでの、細かい 事は確認せずに、すぐに電話を入れた。 「あー、あんた、  佐藤さん?役職なぁに?」 先方はかなり不機嫌だった。      「はい、       エリアマネージャーですが…」 「それ?偉いの?一番なの?」      「恐れ入ります、       ここの責任者でございます」 「あー、そ!で?なんで、  昨日、電話なかったの?」       「申し訳ございません...」 「だから!なんで?」       「はい…、        すみませんでした...」 「あっ! そ!俺、  今忙しいから、  夜の、8時に、  電話ちょうだい!」             『ガチャ』   電話は、切られてしまった。 佐藤は、依田に話を聞いたが、依田も話の内 容までは分からない。 笹野が呼ばれたが、笹野も、話の内容を理解 していない。 佐藤は呆れたが、仕方ない。 最初に対応した、派遣社員の野中に話を聞く。 でも、野中もこの男性が話したかった、 話の内容を聞けていない。 この段階で、話の内容まで聞けていないのに、 電話対応がチャンとできていなかったことで、 すでに、先方は気分をかなり害してしまって いた。 ここで、最初の対応から、一日過ぎている。 夜の8時に、佐藤は、云われた通りに電話を した。佐藤は、一人で事務所に残っていた。   「お忙しい、お時間に失礼致します。    先ほど、    お話、させていただきました、    佐藤と申します。    お電話が遅くなりまして、          申し訳ございません」 「あー、佐藤さんね?  俺さ、  なんで、こんなに、  時間、とられるの?」        「はい、         申し訳ございません...」 「…あぁーあ!  あのさー、俺、  あんたのとこで、今回、  マンション、買う、  契約も、したけどさー、もう、  嫌になっちゃってさー  ちょっと!  本社のさー、話し、できる人、      電話番号教えてよ!」      「いえ!ご勘弁ください。       申し訳ございませんでした!」 「だってさー、これ、  問題だよ!個人情報の!」         「はい?          個人情報?ですか?...」 「あー?分かんないの?」 これだけの話では、佐藤には全く分からない。          「申し訳ございません。              どのような…」 「あんたの会社さー、  マズイよね、  駐車場契約者の個人情報!  俺んとこに、   知らせちゃっただろ!」           「は? 駐車場の...、            ご契約者様の...、            個人情報ですか?」 「あー、みんなの名前、    出ちゃってるよ!」            「...あの…」 佐藤は凍り付いた。これは、かなりの大事に なる。         「スミマセン、          どのような形で、          出てしまいましたか?」 「あんた、知らないの?」            「スミマセン...」 佐藤は、この事を聞かされても、 知らなかった。 「なんかさー、  郵便で書類届いてさー、  駐車場の図面に、  契約者の名前、  誰がどこに車とめるかって、  記されちゃってるよ!         48名分!」     …48名分とは…、現在までの、       駐車場、ご契約者様全員か…   「大変、    申し訳ございません。    至急、確認いたしまして、    その書類を、    回収させていただきます!    恐れ入りますが、    このお電話を、一旦、    終わらせて、いただきまして、    また、改めての、    ご連絡にさせていただきます…」 「あー、そ!」 電話は切られた。 佐藤は焦った。 これは…どうした事か、 48名の、 ご契約者様のお名前が、 ご本人たちの、 ご了承を得る事もなく、 書類として郵送された?           「48名…」 佐藤は愕然とした。本当に、どのような、 なんの書類なのかも、分からなかった。 「駐車場…、  ご契約者様宅に送られた書類?」 夜の9時過ぎ、佐藤は、依田を呼び出した。 『スグに、こい!』 佐藤は頭を抱えた。自分ひとりの電話で済む と思って、皆を帰した事にも後悔した。 佐藤は、バタバタと、PCや、書類の山の中か ら「その原本」?を探していた。 そんな中、ようやく、 依田が到着したので、日報などの確認をさせ て、この件の担当が分かると、依田にその者 を向かいに行かせた。 …何を送ったんだ?… 一人になった佐藤は、その担当者が到着する までの間に、該当する48名の連絡先を、 なるべく、「住所が近いもの順」に並び替え、 三等分した。 担当者がようやく着いた。 それは、社員の、河合だった。この河合は、 男性からの電話を受けた野中へ、最初に、 その対応の指示をした男だった。この、後手 後手の対応にも佐藤は唖然としたが、 訳の分からない書類を郵送したのも、この、 河合だと知った佐藤は、もう、自分が、この 河合の事を理解できていなかった事に、猛省 した。 …俺は、こいつに、 なにを、任せたのだろう... 今回、河合が、送ってしまったものは、 契約済みの処に、ご契約者様の氏名が入った 社内管理用の駐車場の平面図で、 この、ご契約者様から、駐車位置の確認の、 お問い合わせがあった為に、それに対応する ために送ったとの事だった。 「だったら、車庫証明のためにお渡しする、 配置図があるのだから、それに、このご契約 者様の処をマーキングしたもので善いだろ!」 っと、怒鳴りつける佐藤に、 河合は、新人なので経験が無く「車庫証明」 には結び付けられずに、電話対応の時に、 その図面を見ながら対応したので、そのまま、 コピーして、郵送してしまったと言い訳した。 けれども、これは、あくまでも、管理用で、 「社外秘」のものであるのに、 駐車場の図面だからと、送ってしまった? これは全く理解ができない。 今回、ご契約者様からの お問い合わせに対応したとの事では、 そもそも、契約時に、位置情報などはちゃん と、お渡ししているものがあるのに、なぜ、 このときに、その事をご説明し、ご確認を戴 かないで、 新たに、郵送する事にしたのかも理解できな いし、 河合は知らなかった?とはいえ、佐藤が云っ た様に、必要な方にはお渡しできる配置図だ ってあるのに…、 しかも、これを郵送前に、ダブルチェックし ていたら、新人の河合以外の者は、社外秘の 管理用の図面を送る事を止めただろうし…、 それほど、誰にでも判る事で、 こんな事にはならなかった。 全ご契約者様にお詫びをするため、作業を 黙々とすすめる、依田と、河合の前で、 佐藤は、暑い夏なのに背中がゾクゾクした。 …このご契約者様のように、  他の方も、  気分を害され、もし、  契約のキャンセルを出されたら… それに…、 …このマンションは、まだ、  完売していない。  速やかに対処しなければ、   今後の事にも影響が出る… 佐藤は、頭の中が整理できないまま、 心労は怒りに変わる。 …おまえら、  なにをやってくれて… マンションギャラリーで朝を迎えた佐藤は、 朝の朝礼をすることなく、佐藤、依田、河合 の者以外の少人数で、通常通りの業務をする 様に指示を出し、佐藤、依田、河合は、 ご契約者様に、今回の事のご説明とお詫びに 伺う日時のお約束をする為の、架電作業に集 中した。 けれど、すぐに、全、ご契約者様と、お約束 ができる状況にはならない。 どんどん、時間だけが過ぎていき、 結局、お詫びをしながらの、ご契約者様全員 への、この架電作業だけで、3人で頑張って も、4日ほどかかり、 初期対応の遅れも、お客様から指摘された。 もう、佐藤は、ボロボロだった。何日寝て いないのかも分からない。 とても、人前に出られる状態ではないほど、 ワイシャツもヨレヨレだし、ヒゲものびて、 ゲッソリしてきた。 もう、冷静な判断ができない。 そんな佐藤と、一緒に働いているここのstaff は、佐藤の不倶戴天の敵の、高井が、前GM に飛ばされ、関西への異動が決まった時に、 自ら、高井についてきた者だった。 佐藤は、高井が立ちあげた、女性だけのマン ションギャラリーを解体させ、その存在を問 題にして高井を堕とし、 さらに、(のちに高井に負けて失脚した) 鷹狩りが好きだった、前GMの、 鷹狩の鷹として、高井にトドメを刺すために、 ここに飛んできたのだから、それを承知して いたはずなのに…、 佐藤は、前GMに可愛がられ、出世も早かっ たが、どの職場にもある、派閥は、有難くも あり、厄介でもある。 佐藤は、ここでの人間関係を創る事ができな かった。それに…、強い味方の、同期達とも 離れた処で、こんな大事にも、気づいてもら えずに、佐藤は、独り。 今回の事は、新人の河合のミスだが、あまり にも、基本的な事ができていない。佐藤は、 自分の責任を感じているが、 本来、この仕事をしている者ならば、云われ なくても、こんな事はシデカサナイ。 …オカシイ 週が変わってしまった、月曜日、 この一週間は、ご契約者様のご自宅に 伺ってのお詫びに、佐藤は走った。 責任者の佐藤は、48件全て、お伺いする。 一週間では終わらない。 それでも佐藤は、ここでの他の業務に影響が 出ない様に、自分以外の者は動かさずに、 独り、この事に集中した。 こちらのミスなので、こちらの都合で、時間 指定もできないので、日毎に、廻れる数は バラバラ。それに、あっちこっちに、往った り来たり。 それに加え、先方に、ご納得いただけるまで は、帰れない。 けれど、次のお約束の、時間にも遅れられな い。 佐藤は、焦り、精神的にもまいってしまう。 …なんで、こんな事に… 頭の中では、弱気な事も出てくるが、躰は動 かさなければならない。佐藤は、足をひきず り、フラフラだった。 これだって、少し考えれば、オカシカッタ。 佐藤は、架電作業の、前の段階で、 あらかじめ、 「住所が近いもの順」に、まとめておいたも のは、見事にバラバラにされていた。 確かに、こちらのミスなのだから、先方の、 ご都合に合わせるにしても、 営業担当ならば、 実際に動くこともイメージできるので、話の もっていきようで、廻る順番をなるべく「住 所が近いもの順」と、先に、ある程度組み立 てたものに寄せていく。それなのに…、 あっち、こっちと、ジグザグの移動では、 時間が、余計にかかる。 オカシイ… いまは、猛暑のさなか、たとえ、車で動いて いても、エンジンを切ってしまうと、 クーラーもとまり、車の中は、短い時間で、 すぐに温度が上がる。 車に戻った佐藤は、車の中の方が、汗が噴き 出てくる。その繰り返しで、体力がどんどん 奪われる。 どんなに暑くても、お詫びをする者としては、 身だしなみは整える必要があるので、 ネクタイはキッチリしめて、スーツジャケッ トも脱げない。 車に乗ったばかりでは、お宅の中から、まだ、 視られているのかもしれないので、すぐには、 上着も脱げないし、ネクタイも緩められない。 車のボンネット上に、 ユラユラと熱い空気が動いているのが見える。 それをボォ~ッと力なく眺める。 そんな赤ら顔は、 塩っ辛い汗と悔し涙でベトベトになった。 「まるで、地獄だ…」  佐藤は、弱音を吐く。 高井は、関西から、定期的に、 業務連絡を受けている。だから、 今回の事も、もう、知っている。 「だが、な…、おまえ次第だ…」 高井は、本社の最上階のすぐ下のfloorの、 営業本部にデン!と構えた、自分のdesk に腰かけたまま、ひとり言を呟く。 高井は、まだ、動かない。佐藤の動きを確か めている。だから、佐藤は、自分次第で、こ の状況を、まだ、どうにでもできる段階だっ た。 けれど、 結局、佐藤は、休日返上で、朝から夜まで頭 を下げ続けても、佐藤が考えた今回の対応で は、留守宅の再訪もあり、事が、おさまるま でに、一月半もかかってしまった。 それに、この間、 佐藤からは、一度も、 上司のGM高井に「報告」「連絡」「相談」は、 なかった。佐藤だって、「ホウレンソウ」は、 知っているはずなのに。 今回の対応は、佐藤が、独りで動きすぎた。 佐藤は責任者として、誠実に対応したつもり だった。 けれど、 これは、重大なミスだが、動き方によっては、 こんなに長引く事にはならないケースだ。 …佐藤は、このところ、責任者として任され ていた仕事から気持ちが離れたまま、なにか に、狂わされていた… 高井は、事がおさまるまで、動かなかった。 そして、 営業本部長として、自分は動かずに、 佐藤の処分を決める。 佐藤は、 本社営業本部に呼び出された。 河合は…、呼び出されなかった。 佐藤は、自ら進言し、ハリキッて、関西へ往 ったときから、18か月ぶりに関東に戻ったが、 以前の、スポーツマンらしい爽やかな雰囲気 の姿ではなく、 大きな身体なのに、弱弱しく、疲れ切った顔 で、営業本部長の立派な、黒光りしたdesk の前に立たされている。 高井は、無慈悲に、その席に似合う、堂々と した構えで、淡々と話す。 「佐藤エリアマネージャー、        お疲れ様です」 「……」 佐藤は黙ったまま、なにも、云わない。 「云いたい事はあるか?」  高井は、佐藤に尋ねた。 「いいえ、  ご迷惑を、おかけ致しました」  佐藤は小さい声で呟く。 「いや…、ご苦労だった」  高井は、無表情のまま、  労いの言葉をかける。 「恐れ入ります」  佐藤は、目を伏せたまま、  機械の様に返事をする。 「残念だな…」  高井は、  佐藤に身体の向きを合わせる。 「佐藤エリアマネージャー、  君は、グループの管理会社へ  往ってもらう、正式なものは、        後日、出される」 「承知...」 佐藤は、無表情のまま、高井から目を逸ら すこともなく、唇だけを微かに動かした。 高井は、改めて、 このマンションギャラリーのstaffたちを まとめ、仕切り直した。 同期の、営業担当の佐々木が、この事を知っ たのは、茉由、咲、梨沙と同じで、佐藤に正 式な辞令が出て、それが、社内報の「人事」 に載せられたときだった。 優秀だったはずの佐藤には… 今年の夏は…、 高井は、 前GMの鷹狩の鷹の、 佐藤を処分した。 佐藤にとっては、 絶対に忘れられない、 今までで、 一番、 暑苦しい、 夏になった。
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