4話

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4話

定期試験も無事に終わった夏休み直前。昼休み時間に、俺は第二図書室のドアに手をかけたまま動けなくなっていた。 ――麻穂さんの事が好きなのかもしれないと自覚したあの日から、俺はここへは一度も来ていない。あんなに毎日のように会っていたのに、だ。 試験勉強とレポートがあるからだって誰にともなく言い聞かせてたけど、そんなのはただの言い訳だって分かってる。別に麻穂さんに会う時間ぐらい余裕で作れたし、そんな事で試験結果に響くわけない。 ただ、麻穂さんに会わない理由が欲しかっただけだ。 惚れてるかもしれないって思ってから、麻穂さんにどんな顔で会えばいいのか分からなくなった。 会って話したい気持ちはある。でも、それ以上にどうしたらいいか分からない気持ちの方が強い。 彼女に惚れてるっていうこと自体、未だに自分でも半信半疑なまま。今まで誰かを好きになったことがないからか、これが本当に恋と呼べるものなのか分からない。 それでも今日ここへ来たのは、やっぱり麻穂さんに会いたいからっていうのもあるけど、あの日した約束――試験とレポートを頑張る代わりに、麻穂さんにご褒美デートをしてもらうっていうのを果たしてもらうため。 デートをしたら分かることがあるかもしれないし、単純にプライベートの麻穂さんを見てみたいっていうのが、自分の気持ちに対する戸惑いよりも少しだけ上回ってる。 「でも、もう2週間以上会ってないんだよなー……」 どんな風に話しかけてたっけ……ぎこちなくなったりしないか心配だ。 麻穂さん俺のこと忘れてたりしないかな……いや、流石にそれは無いか。でも、もしかしたら来なくなって清々してたのにって迷惑な顔されたりとか…… いざ会うとなると、急に会わなくなったせいか色々な不安が頭を過ってしまう。 どうしようか……と考え込んでいると、手をかけていたドアがふいに動いて、目の前に麻穂さんが現れた。 「っ……」 まさか人が立っているとは思ってもいなかったんだろう彼女が、驚きの表情で後ろに一歩飛び退く。 「あ、あなたって人は……いつもいつも私を驚かせますね……」 「ごめん……まさか麻穂さんが出てくると思わなくて」 胸を手で押さえながら呼吸を繰り返す麻穂さんに申し訳ないと思いながら、俺のことを覚えている様子に少なからずホッとする。 「そういえば……ここに来るの久しぶりですね。試験はどうでしたか?」 「あ、うん……バッチリだった」 麻穂さんの方から会話を始めてくれたことに嬉しくなって、自然と頬が緩んでいく。最初は少しだけぎこちなかったけど、どうやって声をかけようかとあんなに悩んでいたのが嘘みたいに、前と同じように話すことが出来て嬉しい。 「――でさ、無事に試験もレポートも終わったし、もうすぐ夏休みじゃん? だから、麻穂さんに約束を果たしてもらおうと思って」 「約束ですか?」 「まさか忘れたの? 酷いなー、俺楽しみにしてるのに」 少し拗ねながら、冗談にも取れるような言い方をついしてしまったけど、楽しみにしていたのも本当だし、忘れられているのが悲しいのも本音だ。 「もしかして……デートのことですか? あれ冗談だったんじゃ……」 思い出してくれたことを喜んですぐ、本気にされていなかったことに気持ちが沈んでいく。麻穂さんの一言で、気持ちがジェットコースターみたいに動かされる。誰かの反応で自分の気持ちがこんな風になるのは初めてだ。 「本気に決まってるじゃん。決定って言ったでしょ? 俺とのデート、してくれるよね?」 「でも……」 「俺、試験めっちゃ頑張ったんだよ? ほら」 返却された答案用紙を見せると、凄い……と驚いたように彼女が呟いた。 「どれも90点以上……」 今までは試験前でもそれなりに女の子と遊んでたけど、今回はそんなことするつもり無かったし、いつも以上に試験勉強に時間を取ったおかげか、これまでで結果が一番良かった。 「ね? 頑張ったの分かるでしょ? だから、ご褒美デートして?」 「そんなにデートしたいんですか……?」 「麻・穂・さ・ん・と・の! デートがしたい」 肝心な所が抜けているから、麻穂さんとっていう部分を強調して言い直す。 デートが出来れば誰でもいいってわけじゃない。 「……分かりました。あなたがそこまで言うのなら……本当に頑張ったみたいですしね」 麻穂さんが少しはにかんだ様な笑顔を見せてくれる。初めて俺に向けてくれた笑顔に、否応なしにテンションが上がった。 「やった! じゃあ、麻穂さんの連絡先教えて? そういえば聞いてなかったし、予定も立てやすいからさ」 麻穂さんと連絡先の交換を終えると、もう彼女の昼休憩が終わりそうな時間になっている。 俺、一体どれだけドアの前で悩んでたんだろう…… 「じゃあ、今日の夜電話するから。その時にデートの予定立てよう」 「分かりました。それじゃあ」 急いで仕事に戻る麻穂さんの姿を見送ってから、登録したばかりの彼女の連絡先を見る。それを見ただけで表情が緩んでいる事に、俺は自分で気付いていなかった。
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