第3話 ──警鐘

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第3話 ──警鐘

 ──すっかり日の落ちた暗い道をしばらく歩き、遠方に自身の住むマンションが見えてきた。  明かりは点いていない。  仕事の都合で両親とは離れて暮らしている。しかし、毎月少なくない額を仕送りしてくれているので生活に困ったことはなかった。  明かりが点いていないとはいえ、自宅が見えるとホッとするものだ。有利栖はふぅと息を吐き心なしか歩調を速くする──が。  ふと──有利栖は歩みを止めた。  ──誰かが、前方からこちらに向かって歩いてくる。  ただの通行人だろう、といつもなら気にしないはずのそれに、有利栖の脳は激しく警鐘を鳴らしていた。  思わず、後退りしてしまう──気付けば、後ろからも誰かの気配。しかも、複数の。 (……ヤバい! よく分かんないけど、なんかヤバい! にっ、逃げなきゃ……!)  頭の中ではそう思っても、なぜか身体がいうことを聞かない──まるで、冷たい空気が全身に張り付いているかのように、寒気が重くのし掛かる。  ──そうこうしている内に、4人の男が一定の距離を保って有利栖を取り囲んでいた。  全員が鈍色のビジネススーツを着込んでいるその男たちの内、前方に立つ1人──翼を模した、血のように赤いネクタイピンがやたら目を引く、灰色の髪の男が口を開いた。 「今晩(こんばん)は、お嬢さん。  貴女は、香美 有利栖……で、間違いないですね?」 「あっ……あなたたち、だれ?  いきなり取り囲んできて……けっ、警察呼びますよ!?」  まるで心臓をわしづかみにするような、底冷えする男のその声に、震える口をなんとか開いて有利栖はそう声を上げる。  それと同時に、ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、ぎゅっと握り締めた。  そんな怯えた様子の有利栖を見て、なにが可笑しかったのか灰髪の男性はくつくつとくぐもった笑い声を上げる。 「……ああいや、失礼。  生憎(あいにく)私は名乗る程の者ではありませんが……用件が、まだでしたね。  ──単刀直入に言います。香美 有利栖。我々に着いて来て頂きたい」  ──は? と、有利栖は思わず声を漏らしてしまった。  いきなり取り囲んできて、そのうえ着いて来いとは……なんとも礼儀正しい誘拐犯だ。と、有利栖の頭の中のひどく冷静な部分が呟く。  しかし、そんなことを言っていられるような状況ではない。有利栖は前方の男から目を離さないようじっと見つめながら、スマートフォンを操作すべく親指を動かす──が。 「おっと、そうはさせませんよ──貴方たち、やりなさい」  灰髪の男が小馬鹿にするような声色でそう言うや、後方で沈黙していた3人の男の内1人が弾かれたようにその身体を動かし、一瞬にして有利栖の右腕を取った。 「っ(つぅ)──! は、離してよっ!」  間接に鈍い痛みが走り、有利栖はそう叫びながら身を(よじ)る。だが男の力は凄まじく、普通の少女でしかない有利栖の力ではびくともしない。  更には、背後で沈黙していた残り2人の男たちもじりじりと距離を詰め始めた──有利栖の背中に、嫌な汗が伝う。  恐怖に青ざめる有利栖を可笑しそうに見つめながら笑みを浮かべ、灰髪の男は口を開いた。 「くっくっ……大人しく首を縦に振っていれば、痛い思いをせずに済んだものを。  荒事は好まないのですが、仕方ありませんねぇ……。  1度眠って貰い────ッ!?」  ──突如、空気を裂くような破裂音が、灰髪の男の言葉を遮るように響き渡った。  鼓膜を震わしたそれを“銃声”だと有利栖の脳が理解するまで、数秒掛かった──。  
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