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   ***  好きはどこからやってくるのだろう。  初めて顔を合わしたときのことはほとんど覚えていない。新歓コンパのときに、背が高いな、ぐらいのことは思ったかもしれない。前期が終わるころには、あんまり集団活動が好きじゃないんだな、と気が付いて、秋になってようやく、〝自分〟がある人なんだ、と興味を持った。  声をかけて、少しずつ話をするようになって、カッコいいなと思うようになって──でも、そのときはまだ同級生の延長線上にある〝友だち〟だったはずだ。  ……なら、特別な好きは、一体どこからやってきたのだろう。  今では彼の姿を見ただけで素直に好きだな、と思うのに──と隣を歩く城崎を、中島は横目で見やった。  百八十を超えるすらりとした長身は、頭も小さく全体のバランスがいいから、地味にしていても目を引く方だ。本人は全く認めていないけれど。  嫌だ、と言っただけあって、今日は以前駅で遭遇したときのような格好はしていなかった。ただ、いつものように眼鏡はしているが、大学で会っているような格好でもない。なんて言えばいいのだろう、カジュアルだけどクールな格好。もちろんよく似合っている。  きっと今日のデート用にお洒落してくれたんだな、と中島は嬉しく思う。  二人が来ているのは若者の街・下北沢だった。  この街をデート先に挙げたのは城崎の方で、前に中島が一緒に行ってみたいと言っていたのを覚えていたからのようだった。「よく来るの?」と中島が聞けば、「たまに行く」と返事があった。服だけじゃなく雑貨やインテリアもいろいろあって見ているだけで楽しいから、と。  駅を降りてすぐ、あっちへ行こうと城崎と歩き出し、その慣れた足取りを慌てて追いかけながら、デザイン的なものが好きなのかな、とぼんやり思う。  好きな雑誌もそういうお洒落な雑誌だった気がする。そうやって、今まで知らなかったことがこういう機会に少しずつ知ることができるのは、なんだか嬉しかった。思わず、にこにこ満面の笑みを浮かべていれば、城崎が複雑そうに顔をしかめてみせた。 「……なに笑ってんだよ」 「えー? いや、なんか楽しいな、と思って」 「まだなにもしてねえだろ」 「でも一緒に出かけるだけで楽しいじゃん」  正直にそう答えた途端、城崎の顔がさらに歪んだ。そして急に声を少しひそめるようにする。 「だから、そういうこと口にすんなって……っ」  そういうことというのは、どういうことだろう? よく分からなかったが、中島はとりあえず、分かった、と頷いておいた。  下北沢は中島が思っていたよりもずっと広くて、大勢の人が溢れていた。  広いと言っても道幅が広いわけじゃない。車一台通れるか通れないかぐらいの細い道があちこちへ伸びており、いろんな店が軒を並べていて、ひとつひとつ見ていたらきりがない──そんな広さだ。慣れない中島がひとりだったら、絶対道に迷っていただろう。  けれど、そばには城崎がいた。  城崎はまったく迷うそぶりもなく、いろんな店を中島に紹介した。服屋は本当にさまざまなテイストの店があったし、お洒落でちょっと高そうな革製品の店があると思えば、結構お手頃のアジア系の雑貨やアクセサリーの店もある。  もともとそれほどファッションに興味がない上に今はお金も節約したい中島でさえ、あれやこれやと目移りしてしまうほどだった。だけどそれ以上に、城崎がこんなのが好きなのか、と思うと中島はついはしゃいでしまっていた。 「──あ、こういうの、城崎似合いそう!」  狭く小さな帽子屋を覗いたところで、ふと目についた帽子を中島は手にとっていた。  黒のつばのある帽子だった。帽子なんて上級ファッションアイテムは中島自身は着こなす自身がないが、初めて城崎に駅で声をかけたときにしていた格好に似合いそうだな、と思ったのだ。  隣で違う帽子を手にして眺めていた城崎を見上げて、中島は笑った。 「ねえ、かぶってみてよ」 「は? やだよ。……ちょっ、なんだよ」 「いいじゃん、かぶってみるだけ」 「やめろって」  嫌がる城崎の頭にその帽子を載せようとすれば、すげなくその手を払いのけられる。つれないなあ、と思ったときには、さっさと城崎が背中を向けて店を出ようとしていて、慌てて中島は帽子を棚に置いて追いかけた。  帽子に埋め尽くされた狭い店内から出れば、夕方にさしかかった時間でも外は眩しい。 「城崎、店出るなら出るって声かけてよー、でいうかなんですぐ出ちゃうの?」  まだ見たかったのに、と呟くように言えば、城崎がその場で立ち止まり、なぜかすごく渋い顔をしてみせた。少し間があって、それから城崎が路地の方を顎でしゃくる。 「……たら、俺そこで煙草吸ってるし、見て来いよ」  低い声でそう言って、中島の返事も待たずにすたすたと路地の方へ歩き出してしまった。  いや、そうじゃなくて。  城崎が一緒じゃなかったら意味がないんだけど、と思って中島は途方に暮れた。どうやらまたやってしまったみたいだ。不機嫌──とまではいかないが、なにかが気にかかったようだった。  ……城崎は俺と一緒にいて楽しいのかな?  不意にそんなことが不安になる。もちろん気まずいわけではないし、全然会話が弾んでいないというわけでもない。だけどどこか彼は落ち着かない様子だった。本当に嫌だったら城崎はそう言うだろう、とも分かっている。でもこの状況を楽しんでいるかどうかは別だ。  少し迷ってから結局店には戻らず、中島は路地の端で煙草を取り出している城崎の隣に並んだ。 「なんだよ、いいのかよ」 「うん、いいや。……そろそろお腹空かない?」 「まだ早くねえ?」  時間はまだ四時過ぎだ。夕食には早すぎるのは中島も分かっていたが、ついそう尋ねていた。  ──どっか店でゆっくりしたいな。  いろんな店を回るのは楽しいし、そのたびに城崎の趣味を少しずつ知ることができるのも嬉しかったが、なぜだか急に、どこか落ち着いた店でふたりになりたくなったのだ。  城崎は隣で空を仰ぐようにして煙草を喫っている。中島はそのコートの袖を引っ張った。 「俺さあ、どっかで休みたい」 「っ、」  なぜか急に城崎がむせ込んで、驚いて中島は、「大丈夫!?」と彼の顔を下から覗き込む。 「んでもねえよ! つか、休みたいって……っ」 「コーヒーでもお茶でも。っていうかさ、城崎ってこういうとき、ひとりで食べたり飲みに行ったりするの? そういえば前、飲み屋で知り合ったとか言ってなかったっけ?」  言いながら、そういえば、と中島は思い出していた。その話を聞いたとき、一人で飲み屋に入れてしかも友人を作れるなんてすごいなあ、と思ったのだ。 「もしかして行きつけの店とかあるの? この近く? 近くなら、俺行きたいなあ、城崎の行く店。あ、でもまだ時間的に早いか」 「…………っ」  あれこれ中島が思いを馳せている間に、城崎はまるで喉が詰まったかのように苦しそうに身体を折り曲げていた。 「ええ!? どうしたの?」 「なんにもないッ、いや、……い、つも行く店は、ここじゃないから」  なぜか言いにくそうにしている城崎に首を傾げながら、中島は「そっか」と頷いた。 「じゃあダメだね。でも俺、城崎が行く店、ちょっと行きたかったな。そういうとこなら、なんか二人でゆっくりできるかな、と思ったんだけど。ねえ、次はそこ連れてってよ」  すぐじゃなくていい──と中島は思う。焦る必要はないのだ。お互いのことはゆっくり知っていけばいい。だって俺たちは〝付き合っている〟のだから。  とりあえずはどっかでコーヒーでも、と言おうと思って隣を見やれば、城崎は天を仰いで、短くなった煙草を指に挟んだまま、額を押さえるようにしていた。 「城崎?」 「……行きたいなら、連れって行ってもいいけど」  なぜか明後日の方向を見ながら、城崎が言う。その様子は決して中島を連れて行きたそうには見えない。  城崎の本心が分からなくて返事に戸惑う中島を振り返りもせずに、さらに城崎が念を押した。 「二丁目だから……そういう店だぞ」  そういう店──は、決してあからさまではなく、むしろお洒落で落ち着いていて、なんだか大人な雰囲気のあるバーだった。  城崎の言葉の意味はさすがの中島にも分かったが、けれど分かったところで店に行くのにどんな心構えが必要なのか分からず、そのまま無防備に店に入って、なんだ、と拍子抜けしていた。  バーに入るには早い時間だからか、店内には奥に二人組がいるだけで、城崎はその奥の方には行かず、カウンターの一番端に中島を座らせた。 「……一杯だけだぞ」  バーに来る前に下北沢のファーストフード店で軽く食事は済ませていた。それから電車に乗って移動してくる間に、城崎から「一杯だけ」「ちょっと覗くだけ」と言われていたから、うんと中島は素直に頷く。  とそんな二人の前に、カウンターの向こうから割とガタイのいいマスターが顔を出した。 「どうしたの、城崎くん。珍しいじゃない、誰かを連れてくるなんて」 「まあ、ちょっと。あの、……できれば、内緒にしてもらえますか」 「ええっ? あー、はいはい。で、なんにする?」  ジントニック、と返した城崎が振り返ってきて、慌てて中島は同じものを頼んだ。  大学に入って一年経つが、中島は今まで大学周辺の居酒屋ぐらいしか行ったことがなく、カウンターに座るなんて初めてだったから、まずこの状況に戸惑った。こんな店で気安くマスターとしゃべっている城崎のことをすごい、と素直に感心する。それからカウンター席に城崎と並んで座っていることにどきどきした。  すぐにお通しらしきスナックと注文したジントニックが運ばれてきた。それを受け取る中島の様子がおどおどしていたからか、マスターが少し笑った。 「なに、こういう店、初めてなの?」 「あ、はい。こんなカウンターに座るの初めてで。……かっこいい店だね、城崎」 「──一人では来るなよ」  予想外の言葉が返ってきて、きょとんと顔を挙げた途端に、マスターの笑い声が聞こえた。 「僕の店はそんなじゃないの知ってるくせに、過保護だなあ」 「マスター、いいから、あっちの客でも構っててください」  行きつけの気安さなのか、城崎が顔をしかめてそんなふうにマスターを追いやっている。その横で中島は首を傾げた。 「……そんな?」 「…………そこは知らなくていい」  知らなくていいらしい。よく分からないけどまあいいか、と中島はあっさりと考えるのをやめた。それからグラスを手にした城崎がそのまま口につけようとしたのを発見して、慌てて止める。 「ちょっとちょっと、城崎、乾杯!」 「乾杯?」 「初デート記念じゃん。はい、かんぱーい!」  強引に中島は自分のグラスの縁を城崎のグラスにカチンと重ね、少し持ち上げてみせてから、口に運んだ。嫌な顔するかな、と中島は思ったが、城崎は少し照れたように眼差しを伏せただけで、そのままグラスを傾けていた。嬉しくなって、中島は軽やかな笑い声を洩らす。 「今日ね、超楽しかった! 下北っていろいろいっぱいあって面白いね。また行きたいな」 「また行けばいいだろ」 「一緒に!」 「……そうだな」  そうやって素直に頷いてくれたのが嬉しくて、中島は自分の肩ですぐ隣にある城崎の肩をどんと軽くつついた。そうしたら、意外にも嫌がらずに城崎が同じように返してくる。  ──うわ、これ、超恋人っぽくない?  不意に自分のやっていることを自覚して、恥ずかしさにカアッと全身が熱くなるのを中島は感じた。恥ずかしいけれど、なんだか胸の奥はどきどきしていて、ちょっと楽しい。  カウンター席は距離が近くて、今日一日一緒にいたなかでもずっとぬくもりが近いような気がする。座っているだけで、隣の城崎の熱を感じるみたいで──。 「なんかいいね、こういうの」 「……なんだよ、こういうのって」 「一緒に街歩くのもいいけど、ただ一緒にいるだけのがいいなって」 「っ、んで、おまえはそう──」  返ってきた城崎の声がどこか困ったような、だけど少し甘くかすれるような感じがして、え? と中島は顔をあげた。隣の城崎が両手で額をおさえている隙間から視線を流してきて、そのどこか熱っぽい眼差しに中島は息を飲む。 「本当に、おまえって……」  かすれた声で呟くように言いながら、ふと城崎が手を伸ばしてくる。その指先が後ろ髪にそっと触れた瞬間、つきんと身体の奥が熱く震えて、思わず中島は身体を強張らせていた。  ──そのときだ。 「マスター、ビール! あとお腹すいたからなんか作ってよー」  入り口の木製の扉が勢いよく開けられると同時に、そんな声がカウンターに投げつけられた。  城崎の顔色が変わったのが中島にも分かった。首筋に触れていた手がさっと急に引っ込められる。 「あれ、圭じゃん? どうしたの、こんな週のど真ん中に──」 「あ、」  カウンターの離れたところに座ろうとしたその客が隅にいる二人に気づいたと同時に、中島もその声の主と初対面じゃないことに気が付いていた。  ──前に会った人だ。街中で偶然、城崎と会ったときに。  お互いに驚いた視線が一瞬つながって、それから彼は城崎の方にそれを向けた。どこか人の悪い笑みを浮かべて。 「やだなあ、なに、もしかして俺の知らない間に楽しいことになってる?」 「ってか、おまえ、なんでこんな早い時間にいるんだよッ」  城崎が中島を隠すように身体の向きを変えて声を荒げて、そのいきなりのケンカ腰に、中島は目を丸くした。男はカウンターのスツールに腰をおろしながら、ふふんと余裕の表情で笑う。 「俺は締切上がりなの。ここのところずっと仕事尽くめだったから、パアッと飲もうと思ってさ。いや良かった、こっちの店選んで! ──あ、覚えてるよ、なにクンだっけ。同級生の」 「どうでもいいだろ、構うなよ!」 「あ、なにそれ。同じ常連同士なのに冷たいなあ! 俺はノンね、よろしく」 「……どうも」  陽気に自己紹介をされて、中島は戸惑いながらも頭を下げた。  その馴れ馴れしい様子に城崎は腹を立てているようだが、中島にしてはむしろその城崎の方が不思議だった。なんでそんな目の敵みたいにしているんだろう。  と急に、城崎は自分のグラスを掴むと、半分以上残っていたジントニックを一気に飲み干した。 「──帰るぞ」 「ええ!?」  酒にそれほど強くない中島はまだほんの二口ぐらいしか口をつけていないのに、さっさと城崎が財布を出してスツールから降りようとしていて、本気で中島は戸惑った。 「ちょっと、圭、そういうの大人げなくない? 別に一緒に飲もうなんて言ってないのに」 「うるさい」 「え、本気で帰るの? 俺、まだ飲んでない」  なんだかせっかくさっきまですごく楽しい感じだったのに。それが惜しくて、すぐに店を出る気にならなくて中島が呟けば、城崎がものすごく苦しそうな顔をして中島を振り返った。 「……俺が払うから」  そういうことじゃなくて、と言おうとしてももう遅かった。店に慣れた城崎が会計をさっさと済ませ、スツールに座ったままの中島の腕を掴むと、ほとんど連行に近いかたちで店を出て行こうとする。慌ててスツールの背にかけていたコートを掴み、なんとか城崎についていこうとすれば、それを眺めながら男が呆れたように笑ったのが分かった。  気を引かれて、城崎に連れて行かれながらふっと視線を送れば、彼が楽しげにビールグラスを持ち上げる。 「Have a good night!」 「──ノン」  途端に、城崎が鋭い一瞥を彼に向けて、それ以上の言葉を遮った。そうして全然意味が分からないまま、中島はバーを後にしていた。  ……機嫌が悪い、とはまさにこのことを言う。  一緒に電車に揺られながら、隣に立つ城崎を横目で見て、中島は内心首を傾げていた。  店を出てからしばらく、城崎は中島の腕を掴んだまま歩き続け、信号にさしかかったところで我に返ったように、「ごめん」と言ってようやくその手を離した。そして「帰ろう」と言って、駅に向かって歩き始め、それからはほとんどしゃべっていない。  城崎が不機嫌になったり、無口になることはよくあることなので、気まずくて困るということではなかったが、今回はきっかけが良く分からず、中島も戸惑っていた。  ……あの男の人のこと、嫌いなのかなあ。原因の一端は、あのノンと名乗った男にあるのだろう、とはなんとなく推測できるが、どうも彼のことは聞きにくい。  彼が来るまでは良い雰囲気だったのに、と城崎の隣で、こっそり中島は息を吐いた。  ──あのバーのカウンターで。  キスを、されるのかと思った。急に手を伸ばされて、指が後ろ髪にふれて、まるで首を抱き寄せられるようにされて。心臓が止まりそうだった。  だけど今はそんな空気は一切ない。吊皮を握った城崎は夜の車窓を睨むように見つめていて、言葉をかける隙もなかった。酒でもコーヒーでもラーメンでも、いつものようになにかを誘えばいいと分かっていたけれど、なぜか言葉が出ない。  こんな空気のままで初デートが終わるのは嫌なのに……。  どうしたらいいんだろう、と中島が思い悩んでいる間に電車はあっという間に駅に着いていた。  城崎が顔を少し向けるようにしながらも目は合わせずに降りるよう促したから、一応存在は認めてくれているんだな、と思いながら、中島はそのあとを追いかける。  まだ宵の口のうちにバーに行き、しかも一口しか飲んでいないから、駅に着いたころにはまだ遅めの帰宅ラッシュの最中で、大勢の客が電車から押し流されるように改札に向かっていく。その人ごみの中で頭一つ抜け出る城崎になんとかついていって。  ──だから、酒でもコーヒーでもラーメンでも、なにかを。  けれど改札を出たすぐのところで、城崎の腕を捕まえた中島の口から飛び出た言葉は全く違うものだった。 「あ、ねえ、俺、城崎んち行きたい!」 「はあ!?」  ものすごい形相で城崎が中島を振り返った。改札のそばで急に足を止めるものだから、後ろからやってきた他の客が迷惑そうにして二人を避けるようにして歩き去っていく。慌てて城崎が逆に中島の腕を取って、構内の隅へ引っ張っていった。 「今なんて言った?」 「え? いや、俺、普通に、城崎んち行きたいなって」 「……なんで」  城崎はなぜか顔をうつむけるようにして、低く小さな声で尋ねる。  なんでって──別に、ただ普通に行きたいと思っただけだ。そういえばあれから部屋には一度も行ってないし、部屋でならきっと一緒にゆっくりできる。そう、城崎のそばにいたい。一緒にいたい。 「えっと、なんとなく。……物足りない感じ?」 「ッ、……んとうに、」  呻くようになにかを洩らしたけれど、やはり城崎は顔を上げなかった。なんだか胸がざわざわするようで、中島は焦燥に追い立てられるような気持ちで城崎を見上げた。  しばらく黙っていた城崎がやがて、いや、と呟いた。  それから、どこか苦しげに視線をそらしたまま口を開く。 「──今日は、無理」
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