小型新人

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小型新人

 ある会社にロボットの社員が試験的に導入された。そのロボット社員はとても小さく、黒い毛糸玉のような楕円の体にまん丸目が二つ、細い手足が二本ずつ付いている。一体が手のひらに載る程度の大きさと重さしか無かった。その小さなロボットが数十体、それぞれ連携して仕事をこなしていくというシステムになっていた。  職場の管理者は朝オフィスでそのロボット社員を紹介するに当たって。 「あぁ。うちの部署に今度、試験的に導入されることになった……大型……いや、小型新人だな。まあ、よろしく頼むよ」  こういう「人に成り代わってロボットが仕事をする」という試みは今に始まったことでは無かった。だから皆、「ああ、またか」と思う程度で期待していなかった。いつも最終的に、どうもあまり上手くいかないということになってしまうのだった。何か一つのことをするだけなら実に上手くやってくれる場合もあるのだが、複雑な手順、やり方に対応して、人間のように一人で一連の仕事を全うするのは機械には非常に難しいことだった。それでも、折に触れてこういうロボットのシステムを取り入れようとする会社の上層部は、先進的、挑戦的な発想があったのだろう。  今までのロボットはおおよそ人と同じ体格をしていて、「本当に人の代わり」という感じだったが、今回はお伽噺からヒントを得て、小さなロボットがコビトよろしく手分けして仕事をこなしていくというかなり斬新なシステムになっていた。そのせいか、職場全体の拒絶感、違和感はいつもより強かった。  彼らロボットが請け負うのは主に事務系の仕事だったが、その仕事を一緒にやって、且つ管理監督していくことを任されたのが有森成美(ありもりなるみ)だった。彼女は20代後半になる中堅事務員だった。 「ええと。まずはこの紙の書類をパソコンに打ち込んでデータ化することを覚えてちょうだい。それからデータの適切な分け方も覚えてね。これが間違っていると何の役にも立たないから」  成美は今までも何度かこういうロボット相手に仕事を教えた経験があったから特に抵抗もなかった。それに対してロボットたちも、そもそもロボットには人間に対する抵抗感など存在しなかったので、数体のリーダーロボットが集まって彼女の指示を聞き、リーダーからさらに部下のロボットに通信で指示がなされる仕組みになっていた。そして成美の指示を聞きながら、 「おぅおぅ」  と黒い毛糸玉に手足が生えたような物体が拳を突き上げながらなんだか、妙に親しげな返事をして来る。以前まではロボットと云えば完全な人型ロボットだったので、設定された礼儀作法も一般人のそれを身につけていたのだが、今回はコンセプトが「お伽噺のコビト」になったので対応も、そのお伽噺に出て来そうなフレンドリーなものにしてあるようだった。 「その、『おぅおぅ』っていいながら拳を上げる動作は、おもしろいけど、変な感じもするわね」  成美がそう云うと、ロボットのリーダーが、 「お気に召さなければ一般の人間のように変更うすることもできるだがね。そうするだか?」  ちょっと妙な訛りのある口調で成美に問いかけてきた。 「いいわ、別に変えなくても」  成美は、少し苦笑いをしたが、それでも悪くないと思っていた。  ロボットは、リーダーロボットの指揮の下、手分けして仕事をこなして行った。以前の人間型ロボットは、一つの仕事を高速に行うことに注力していたが、今回は手分けし平行して仕事をこなしていくことに注力しているのだった。ふつうは人がいすに座りデスクに向かって仕事をするわけだが、今は黒い毛糸玉のロボットが何十体も総掛かりでデスクを覆っている。紙データ支える者。それを読み取る者、受け取ったデータをパソコンに入力していく者。一体ずつが一つの小さな仕事しか出来ない代わりに、数体組み合わせて十分な仕事を提供できるというわけである。それらの仕事をリーダーロボットは交通整理でもするように手を振って指示を出している。  1時間2時間と時間が進むうちにロボットの中で仕事の手順は徐々に効率化され速さを増して行きどんどんこなされて行った。  彼らは休み時間も交代で取った。休みと云っても彼らの場合は充電や、動きの悪くなったパーツの交換などに充てられ、それを交代に行うので実質完全に仕事が止まることは無かった。 「成美さんも、お茶など飲んで一息入れてはいかがですか」 「そうね。ありがとう」  ロボット数体が給湯室へ行き、紅茶を入れたカップを彼女に運んで来た。  彼らロボットが入力すべき紙の書類はボール箱に詰め込まれていた。この箱は紙が満載だから一つが十数キロにも成る重さだ。これほど重いと小型ロボット一体ではとても運べない。それを見て、通りすがった男性社員の一人が、箱を運べないロボットの姿を見て、 「まあ、やはり一長一短だな。人間ならこの程度のことはふつうに一人で運べるわけだが」  少し嘲るように云った。だがロボットはそんなことは気にしない。そして次の一言を発した。 「みんな。力を貸してくれぃ!」  すると手を止められる黒いロボットがすぐさまカチカチ音をさせながら集まって来て自分達の力を組み合わせてボール箱を持ち上げて運び出し、人の歩くより速く所定の位置まで運んで行った。  実際のところ、ロボットが人間に取って代わる原因に成ったのは、この部分が大きかった。必要なところで「力を貸して」と一言で、必要な力が集まって来て、すぐさま問題を解決できる。その補い合う力が彼らロボットには「精神」としてでは無く「システム」として当然のことを前提に搭載されていたのだ。こういう、自分の時間や労力をいとわない部分は人間にはなかなか無い部分であった。人は、他人の無償の厚意を必要とする場面が多く、それを当然のように要求したり甘えたりし、やらないと「気が利かない」などと当然のことのように云ったりする。ロボットは、その点何のわだかまりも無い。無償の厚意から「当然の仕事」に発想を変えてすべてをとりまとめて一つの仕事としていたのだ。  午後が過ぎるころ、ロボットたちの仕事はほとんど終わっていた。つまり人一人の仕事がもう終わったのである。まだ日暮れ前だ。 「あら。終わったんだ……じゃあ、明日の準備もしておいてくれる?」  成美は自分の仕事をしながら、ロボットたちに幾つかの指示を与えた。ロボットたちは、すぐさまそれもやり終えた。職場の周囲の人間たちも、今回のロボットの仕事ぶりには感心して見ていた。  そして、 「成美さんは、自分の仕事もしながら休まず私たちに指示を出す、偉い人だ」  ロボットは集まって黒い群衆に成って、成美にそう云った。成美はなんだか気恥ずかしかったが、嬉しかった。  成美はリーダーロボット数体を両手のひらに載せて顔の前に持ってくると、 「おもしろいわね。これだけバリバリ仕事が出来て気遣いもしてくれて。そんな人間の男性がいたらちょっとかっこよくて、グッときちゃうところだけど~」  その時、ちょうど終業の時間になった。ロボットは、 「今日はもう仕事は終わりですね。成美さんもお仕事は終わりですか?」 「ううん。まあそうだけど」  すると小さなロボットたちが集合し始め、積み重なってモゾモゾと混じり合い合体変形して行った。 「あ……ええぇ?」  毛糸玉のようだった彼らは、今度は彼女の前にスーツのキマッた精悍な一人の美男の青年になって現れた。 「えええ?」成美は呆気にとられた。何か嫌な予感が頭をかすめたが、自分の気持ちを止められそうに無かった。さっき自分で云ったようにグッときてしまいそうだった。  ロボットの青年は成美の前に立ち、オフィスの窓から差し込み始めた赤い光を指して、 「この時間、夕日か美しいところを近くで知っていますよ。これから見に行きませんか?」 「えぇ……ロボットなのに。ロボットのくせに……でも、こんな時間に退社できるのもあなたのおかげね」  人類がロボットに支配される数年前の出来事である。
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