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澄水が立ち上がり、俺の隣に座って言った。
「遠野、目、つぶって。手の平を上にして、出して」
かさり。
「もういいよ」
目を開けると、手の上に小さな折り紙があった。
「あげる」
澄水がそっけなく言う。
「うちのガッコで今、はやってるんだ」
「これ、澄水が作ったの?」
2センチくらいの赤い花。
「うん。それはガーベラ。自分で折らなきゃ意味ないから。⋯⋯まあ、ジンクスは関係ないけどさ」
「ジンクス?」
澄水は、いや、なんでもないと首を振った。歯切れの悪い澄水なんて珍しい。
「澄水、結構器用なんだな」
「そうでもない」
澄水が、うんざりしたような顔になる。
「簡単に出来るかと思って始めたら案外難しくて、何枚も折ったんだ。それが一番うまくできたやつ」
「もらって⋯⋯いいの?」
「いいよ。遠野だって、前に花くれたじゃん」
退院祝いに贈ったブーケ。
「明るい色か、新しいスタートということで白い花もいいですよ」
花屋でそう言われた。
真直ぐに立つ小ぶりな白いカラー。
お前は、あの白い花と同じ。
自分の想いが報われなくても、真直ぐに前を向く。
「ありがとう。⋯⋯大事にする」
「⋯⋯大事にしなくても、いいよ。欲しいなら、また折るし」
テーブルに頬杖をついて、反対側を見ながら澄水が言う。
その表情は見えないが、耳が赤くなっているのが見えた。
澄水は、知らないだろう。
手の中の花が、俺には泣きたいほど眩しく見えたことを。
俺はいつだって、うろたえてばかりだ。
こんな俺でも、お前を想っていいだろうか。
あの人のような大人には、たぶんなれないけれど。
──お前を想う気持ちだけは、ずっと持っていてもいいだろうか。
「遠野、なに泣いてんだよ」
澄水が、いつのまにかこちらを見て心配そうに呟く。
「泣いて⋯⋯なんか」
気づかぬうちに頬が濡れていた。慌てて指でこする。
「⋯⋯何かあった?」
「大丈夫」
俺は、澄水に向かって微笑んだ。
「これ、嬉しかった」
澄水が困ったように笑う。
「⋯⋯よかった」
「お茶だよー!!」
未散と孝也がお茶と菓子を持って、賑やかに入ってきた。
たちまち部屋は、和やかな雰囲気に包まれる。
俺は両手で花を包んだ。
この手の中には、小さな希望が灯っている。
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