番外編 遠野 

6/6
599人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 澄水が立ち上がり、俺の隣に座って言った。 「遠野、目、つぶって。手の平を上にして、出して」  かさり。 「もういいよ」  目を開けると、手の上に小さな折り紙があった。 「あげる」  澄水がそっけなく言う。 「うちのガッコで今、はやってるんだ」 「これ、澄水が作ったの?」  2センチくらいの赤い花。 「うん。それはガーベラ。自分で折らなきゃ意味ないから。⋯⋯まあ、ジンクスは関係ないけどさ」 「ジンクス?」  澄水は、いや、なんでもないと首を振った。歯切れの悪い澄水なんて珍しい。 「澄水、結構器用なんだな」 「そうでもない」  澄水が、うんざりしたような顔になる。 「簡単に出来るかと思って始めたら案外難しくて、何枚も折ったんだ。それが一番うまくできたやつ」 「もらって⋯⋯いいの?」 「いいよ。遠野だって、前に花くれたじゃん」  退院祝いに贈ったブーケ。 「明るい色か、新しいスタートということで白い花もいいですよ」  花屋でそう言われた。  真直ぐに立つ小ぶりな白いカラー。  お前は、あの白い花と同じ。  自分の想いが報われなくても、真直ぐに前を向く。 「ありがとう。⋯⋯大事にする」 「⋯⋯大事にしなくても、いいよ。欲しいなら、また折るし」  テーブルに頬杖をついて、反対側を見ながら澄水が言う。  その表情は見えないが、耳が赤くなっているのが見えた。  澄水は、知らないだろう。  手の中の花が、俺には泣きたいほど眩しく見えたことを。  俺はいつだって、うろたえてばかりだ。  こんな俺でも、お前を想っていいだろうか。  あの人のような大人には、たぶんなれないけれど。  ──お前を想う気持ちだけは、ずっと持っていてもいいだろうか。 「遠野、なに泣いてんだよ」  澄水が、いつのまにかこちらを見て心配そうに呟く。 「泣いて⋯⋯なんか」  気づかぬうちに頬が濡れていた。慌てて指でこする。 「⋯⋯何かあった?」 「大丈夫」  俺は、澄水に向かって微笑んだ。 「これ、嬉しかった」  澄水が困ったように笑う。 「⋯⋯よかった」 「お茶だよー!!」  未散と孝也がお茶と菓子を持って、賑やかに入ってきた。  たちまち部屋は、和やかな雰囲気に包まれる。  俺は両手で花を包んだ。  この手の中には、小さな希望が灯っている。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!