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「──んのド阿呆が! 勝手に一人で死にくさりよって!」
両親も、裕子おばさんも、ぎょっとした顔でこっちを向いた。
わたしは立ち上がって、棺に近づいた。
きいさんは信じていた。
わたしが、自分と離れた後も、話を作り続けていると。これっぽっちも、疑わずに。
自分に悔しくて、きいさんに腹が立って、ぼろぼろ泣いた。
阿呆、阿呆が、と呟きながら、棺に触れる。棺は乾いて冷たくて、ドライアイスの匂いがした。
*
葬儀が終わった。
自分の家に帰って、わたしは、真っ先に、あの万年筆を机の引き出しから取り出した。
紙と買いたてのインクを用意する。
万年筆に、ブルーブラックのインクを吸わせる。紙に、文字を書く。
馴染み深い感覚が手によみがえった。
「とは言っても、そんな大層なこと書けへんよ、きいさん。まずはリハビリからや」
窓を開ける。
桜の風が吹き込んでくる。
きいさんのモンブランの万年筆が、長い眠りから覚める。のびのびと、物語の背骨を紡ぎ始めていく。
【おわり】
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