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《 透明じゃないし円くもないし 》
あの人はとても透明な人。
なに色にも染まることなく、あの人色。
あの人色は透明だ。
わたしもあの人と同じ色になりたかった。
円く歪んだところなんてないあの人。
わたしも歪むことなく、円くいたかった。
日記の最後にそう書くと、わたしは机の奥の奥の奥底にしまった。そうして、この日を最後に日記をやめた。
誰かに憧れることと誰かに恋をすることは別ものだとわたしは思う。わたしには憧れの人がいたけれども、彼氏のことが大好きだ。
高校生になって初めて出来た彼氏の時也は時々わたしの憧れの人に嫉妬をした。
その時のわたしにはどうしてかわからなかった。だってわたしは時也が好きだし、憧れのあの人が好きなのではない。あの人みたいになりたいだけだった。好きと憧れの境界線はとてもはっきりとしているのに、どうして時也はわかってくれないのだろうと不思議だった。
親友の美樹はいつもわたしを揶揄っていた。あの人のことが好きなんでしょうと。好きじゃないから好きじゃないとわたしは言う。すると美樹はそういうことにしてあげると笑う。
わたしがあの人を見つめる度に美樹が同じことを言うから、わたしはうっかりきつめな語調でやめてと言った。ごめんと言った美樹は揶揄うのをやめた。その代わり、あの人を見つめていると、美樹は時々尖ったような視線でわたしを見るようになった。
わたしは、時也が嫉妬する理由も美樹の尖った視線についても、不思議がるばかりで理由を考えたことがなかった。
わたしはただ、あの人みたいになりたくて、そればかりを見つめていた。
やがてわたしは透明なものなど存在しないと知った。ひどく不透明、それでいてその形はひどく歪なのだと知った。
わたし自身の歪さはとにかくぐにゃっとしている。凸凹というよりもぐにゃっとがきっと正しい。
わたしは二度とこの日記帳を開くことはないと思う。あの人も不透明で歪だと知ったから。
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